日本人の感性が育んだ香道の世界 ② 〜「香道の基本と香合わせ」〜『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第十六回)』

2021.6.28

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多田博之・晴美 ( 香司 )

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰。夫妻ともに薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司。福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。

梅雨の時期は、毎日雨ばかりで心がふさぎ込みますね。

昨年と今年はコロナ感染が広がり外出も制限される状況下ですので、尚更そのような気分になります。

ただ悪いことばかりではありません。例えば「うちしめりたる」という言葉は、空気の湿った折に、いっそう強く漂うという薫りの本質をよく捉えた表現です。

このように適度な湿り気は、繊細な香りを楽しむのにとても大切なことがわかります。つまり、この時期は香木の香りを鑑賞するには最適なんです。

今回は香道の基本や香合わせについてお話をしていきたいと思います。

 

香りを聞く

香木とは沈丁花科の木に傷がつき、しみ出した樹脂が数十年、数百年にわたって沈着したものです。熱帯雨林でごく稀にしか産出されず、日本にもたらされたものは黄金より高価と言う非常に貴重なものでした。その香木をわずか数ミリ、米粒大に切り分け、熱して立ち上る香りを楽しむのが香道です。

花の香りは「嗅ぐ」と言いますね。しかし香道では「香りを嗅ぐ」とは言いません。香道を体験された方はわかると思うのですが、香に静かに向き合うと、私達は心を研ぎすまし香りが語りかけるものを受けとめようとします。そこから「香りを嗅ぐ」と言うのではなく「香りを聞く」といいます。

香木の香りを表現する

『蘭奢待(黄熟香)』正倉院, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由

香道では香りの性質を味覚に置き換え、「甘い」「苦い」「辛い」「酸っぱい」「鹹(しおからい)」の5つの味で表現します。

ただ、香木の香りは繊細で様々な香りを含んでいるので、判別の基準が必要です。これらの香りを知るのに手本となる香木が存在します。

例えば、「淺間(せんげん)」「逆鉾(さきほこ)」という名香は、炷き始めから終わりまで甘味のみが聞けるので、香木の甘味を勉強する手本香としなさいと古い文献に記載があります。

しかし、そのような名香を入手することはできませんので、初心者は下記の香りで学びなさいと書いてあります。

甘い
蜂蜜の甘さ

苦い
黄柏(おうばく)という生薬を口に含んだ時や柑橘類の皮を火にくべた時の苦味

辛い
丁子、胡椒、唐辛子など香辛料の辛味

酸っぱい
梅干しの酸味


海藻を火にくべた時の磯の香り

このように香木の香りの特徴は、五味として表現されます。

香木の中にはこうした5つの味を兼ね備えているといわれるものがあります。それは東大寺の正倉院に収められている「蘭奢侍(らんじゃたい)です。

5つの味が次々に格調高く立ち上る香木の最高峰で、朝廷の宝物を収める正倉院においても秘宝中の秘宝とされてきました。そのため時の権力者(足利義政、織田信長など)がその一部を力ずくで奪い取ったとされています。

正倉院の中から蔵を開かせ香木を取り出すということは、朝廷の権威を自分たちに認めさせるということです。香木を切り取って所持し、自分たちの配下たちに分け与えることは権威の象徴であったのです。

香合わせとは

前回のコラムで、平安時代の雅やかな文化を象徴するキーワードとして「かさね」「きそい」「あわせ」の3つが挙げられるとお話しました。

「あわせ」の場合、「貝合わせ」「歌合わせ」「薫物(たきもの)合わせ」などが挙げられますが、香道では「香合わせ」というものがあります。参加者が香木を持ち寄り、その香木の香りを聞き分けたり、香りの優劣を競い合うのが「香合わせ」です。まずはその流れについてお話をいたします。

香道は、灰手前という基本の作法から始まります。香りをたたせるために香炉を整えるのです。

十分に火が熾(おこ)った炭団を灰の中にいけた後、箸で灰をかき上げ、山を作っていきます。

灰の山に10本前後の筋をつけます(流派によってこの数は変わります)。

それを5回繰り返し、山を5つの面に整えます。

頂上には火窓(炭団の熱を通す穴)を開けます。

一つ一つの動作が精神を集中させ、香りと向き合うための準備となります。最後に雲母(うんも)と呼ばれるガラス板を乗せ、直接火が当たらないようにして香木を置きます。こうして初めて香りを聞くことができるのです。

香合わせでは2つの香木を聞き比べるのですが、最初に炷(た)くものを左、次に炷くものを右とします。参加者は神経を研ぎ澄まし、香りの特徴や品位を比べ、左右2つの優劣を判定します。

持ち寄られた香木の名前は伏せられています。先入観なく聞いてほしいためです。香りを聞いた後はそれぞれ香りのイメージや感想を書き留め、特徴や品位が優れていると思う方に印をつけます。

そして最後に、香木の銘が明かされ、勝負の結果が知らされます。

私も香合わせを令和2年2月2日に体験させて頂きました。どちらの香木の香りが好きかは人それぞれだと思いますが、心を穏やかにして、静かに香と向き合うと様々な雑念が消えていきます。

こうう状態を「心が無になる」というのでしょうね。この際、先生が「緑(みどり)」という伽羅を出香してくださりました。この「緑」は、※東福門院(とうふくもんいん)様が所有されておられたもので、東福門院様が親しまれた香りを時間を超えて鑑賞できることはこの上もなく幸せなことだと思います。

また、この後からコロナ感染が広がり始め現在に至りますので、この「香合わせ」を楽しんだ時間は、とても貴重だったと思い返されます。

※東福門院 第二代将軍徳川秀忠の五女で、後水尾天皇の皇后。

 

梅雨こそ香りを暮らしに

人間の五感にとって心地よいということが癒しにつながります。

五感の中でも特に嗅覚、素晴らしい香りは私たちの心身に最も癒しを与えてくれます。

最初にお話したように、梅雨は繊細な香りを楽しむのにとても適した時期です。これはお香だけでなく、花の香りも同様です。

屋内で過ごす時間が多くなり、閉め切った状況が増えますので、合成の香りではなく、お花や天然香料のみで作られたお香など、優しい繊細な香りに包まれて生活したいものです。

私どもの教室では天然香料のみでお香つくりや聞香体験を行います。九州各地で定期講座を開催してますので、ご興味のある方はお問い合わせください。

 

FOUATONSアロマ&ハーブ•お香スクール 華結び「組乃香」福岡校•宮崎校 

https://www.fouatons.org/

多田博之・晴美 のプロフィール

多田博之・晴美

【多田博之】

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師

宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。

現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。

平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。

また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。

【多田晴美】

FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司

アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。

ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。

日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。

趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。


ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/


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