2021.10.18
日本人の感性が育んだ香道の世界 ④ 〜「菊」〜『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第十九回)』

前回は「月」をテーマに書かせて頂きましたが、今回のテーマは「菊」です。
菊は日本の秋を代表する花で明治2年から皇室の紋章として使用されています。原産は中国で、菊の渡来は平安時代といわれており、その為、万葉集には「菊」という言葉が見られません。
菊は竹、梅、蘭と並んで四君子(しくんし)と呼ばれ、愛されてきました。
竹、梅、菊、蘭の4種は草花のなかでも気品があり高潔であるところが、あたかも君子のようであるところから生まれた言葉です。
菊は四君子に含まれるほど、美しく尊い花として扱われていました。この言葉を思わせるシーンが源氏物語に見られます。
紅葉賀(もみじのが)

歌川国貞「源氏香の図・紅葉賀」, Public domain
源氏物語「紅葉賀」の帖で描かれる、光源氏が頭中将(とうのちゅうじょう)と二人で『青海波(せいがいは)』を舞うシーンは息をのむ美しさで、印象的な名場面です。
紅葉の季節、朱雀院(すざくいん)で行われた祝いの席・紅葉賀でも、管弦(かんげん)や舞楽が奏されました。
光源氏は頭中将とともに『青海波』を舞いました。その出来栄えは素晴らしく、「色々に散り交(か)ふ木の葉のなかより、青海波のかかやき出(い)でたるさま、いと恐ろしきまで見ゆ」と、色とりどりに舞い散る木の葉の中から、『青海波』を舞う源氏の君が輝かしく舞い出たお姿は、なんとも恐ろしいまでに美しく見えたと書かれています。
頭中将と共に舞う姿は多くの源氏絵に残りますが、この2人の区別の仕方はご存知ですか?
※挿頭(かざし)に菊を挿(さ)しているのが光源氏、紅葉が頭中将です(上図では左が光源氏、右が頭中将)。リハーサルの時は2人とも紅葉だったのですが、本番ではその紅葉が※散り透いて、お顔の照り映える美しさに気圧(けお)されたように感じますので、左大将が差し替え、霜で移ろった菊に、光源氏の美貌がさらに映えたとあります。ぜひ源氏絵で探してみてください。
※散り透く・・散って枝が透ける
室町時代に銀閣寺で生まれた香道には「組香」という香りの組み合わせを聞き分けるゲームのようなものがあり、その中で平安時代の宮中での菊合せの情景をテーマにした「菊合香(きくあわせこう)」という組香が知られています。
証歌とは

和歌山県・和歌の浦。吹上の浜と並ぶ景勝地で数々の和歌に詠まれる。
組香では、その主題を和歌、物語に求めることが多く、その主題となる和歌を「証歌」といいます。
菊合せとは、菊花の優劣を競うのですが、その際に和歌も添えられます。菊合香では宇多天皇(うだてんのう)の菊合せの際に菅原道真(すがわらのみちざね)が詠んだ和歌を証歌といたします。
秋風の 吹上に立てる 白菊は 花かあらぬか 波のよするか
秋風の「吹」と紀伊の吹上浜(風の強い所の地名)を掛けています。
日本庭園では自然の景を移すことが最も重要なテーマで、日本各地の海や海岸線を模した池泉(ちせん)が作られました。その際に砂浜を表すために石を敷き詰めたものが州浜(すはま)です。
いわば海岸の景色の箱庭のようなものです。この和歌は州浜の菊を見立てて、「吹上の立つ白菊は花なのか、まるで波が寄せているかのようだ」と言っています。
菊合香(きくあわせこう)とは
菊合香を簡単に解説します。
まず、「秋風」の香木を4包、「白菊」の香木を3包用意します。
まず「秋風」だけを※試香(こころみこう)として聞き、香りを覚えます。
次に残り6包のうちから4つをランダムに選び、順番に聞いていきます。
最初の香りが試香と同じと思ったら、「秋風」、違うと思ったら「白菊」ということになりますね。それを4回行い、※名乗紙(なのりがみ)にしたためます。
炷き終わりましたら、正解を発表し、何個正解があったかを皆さんで確認するのです。
※名乗紙・・組香の時に使う解答用紙のこと
火道具とは
今回は香道のお道具がテーマです。中でも火道具についてお話します。
火道具とは灰や※銀葉(ぎんよう)、香木等を扱う七種の道具をいいます。

左から「火筋」「灰押(笏型)」「羽箒」
①火筋(こじ):象牙や※唐木(からき)の柄がついた銀か銅製の火箸。※香炭団(こうたどん)を扱い、また香炉の灰を灰押(はいおさえ)で押した後、箸目をつけるのに使用します。
※香炭団・・香炉の灰にうめて用いる直径2㎝、長さ2.5㎝の小さな筒状の炭団
②灰押(はいおさえ):※聞香炉(ききごうろ)の灰を押さえて平らにするための銀のへらのようなもの。御家流では笏型(しゃくがた)、志野流では扇型が一般的。
③羽箒(はぼうき):柄は唐木、先端は鳥の羽毛(昔はトキの羽)を差してある。灰ごしらえの時に、最後に香炉の内側のふちの灰を払うのに用います。

左から「銀葉挟」「香筋」「香匙」「鶯」
④銀葉挟(ぎんようばさみ):銀葉を挟んで灰の上に置く際に使う金属製のピンセットのようなもので、先端を扁平にして銀葉を挟みやすくしています。
⑤香筋(きょうじ):香箸(こうばし)ともいい、香木をはさむのに用いる黒檀などの箸。試香の香木を扱う時に用います。香木はとても小さいので、落としたり掴み損なって弾いたりしないようにします。
⑥香匙(こうさじ):匙の部分は金属製。香木を※香包(こうづつみ)よりすくい、銀葉にのせる時に用います。
⑦鶯(うぐいす):香串ともいい、組香の際に畳に刺して使います。使用済みの香包を順次刺しておく為に使う金属製の細くて丸い棒のこと。
これら火道具は、香道の研鑽に努める人にとっては、1番大事なものといえます。香道は敷居が高いけど、聞香を生活の中に取り入れたいと考えている方は、簡易な火道具でもよろしいかと思います。
聞香は、燃やすのではなく、温めています。この違いはわかりますか?
燃やすと「焦げ臭」によって香りが損なわれます。一方温めるとその香木が持っている香りがストレートに出てきますので、繊細な香りまで堪能できます。
また香木の香りは私たちに直接働きかけ、心身ともにリラックスさせてくれます。
香りに癒しを求める方はぜひ聞香を体験してみてはいかがでしょうか?私どもの教室でも聞香体験、聞香の実践講座も可能ですので、ぜひお問い合わせください。
多田博之・晴美 のプロフィール

【多田博之】
FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師
宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。
現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。
平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。
また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。
【多田晴美】
FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司
アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。
ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。
日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。
趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。
ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/