夏の花に秘められた物語『四季に寄り添い、祈るように暮らす(連載第十五回)』

2019.8.2

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三浦奈々依 ( フリーアナウンサー )

フリーアナウンサー・神社仏閣ライター・カラーセラピスト。
ラジオ番組にて20年以上にわたり、音楽番組を担当。東日本大震災後、雑誌Kappoにて約7年にわたり連載「神様散歩」を執筆。『福を呼ぶ 四季みくじ』出版。カラーセラピストとしても全国で活動中。

8月に入りました。8月3日~7日は第三十六候「大雨時行(たいうときどきにふる)」。夏のこの時季は空にもくもくと入道雲が出たかと思えば、突然、激しい夕立が降ったりします。

夕立は真っ白に煙るように降ることから「白雨(はくう)」と呼ばれています。

突然の夕立に慌ててお店の軒下へ逃げ込んで、雨宿りをしていた見知らぬふたりが恋に落ちる。そんな小説や映画もありますね。

うだるような暑い午後に、冷たい風とともに突然降り出す激しい夕立は、暑い夏がもたらす涼やかな贈り物。雨が上がると、七色の虹と出合えることも。現在上映中の映画『天気の子』にも、そんな美しいシーンがありますね。

さて、夕立を恵みの雨として咲き誇る美しい夏の花々には、辛い恋を忘れさせてくれる花や、和歌で「恋に乱れた心」にたとえられた花、「高貴な白」を意味する素敵な名前を持つ花もあります。花々に秘められた物語を知れば、きっと愛おしさが増すでしょう。

今日は、夏を彩る花のお話です。

辛い恋を忘れさせてくれる花

すくっと立ち上がって咲く、百合にも似た朱色の花には、身につけると憂いを忘れる力があると信じられていたそうです。

「恋忘れ草」という別名を持つ花は、八重咲のものを「藪萱草(やぶかんぞう)」、一重のものを「野萱草」と呼びます。精霊に手向けると、精霊が憂いを忘れるとも言われ、万葉集や古今和歌集にも詠まれてきました。

「忘れ草吾(わ)が紐につく時となく思ひわたれば生けりともなし」
~ あなたを思い続けるのが苦しいので、忘れ草を着物の紐につけてみました ~

この「恋忘れ草」は、立派な山菜。若芽が3センチから5センチほどの長さになったら採取して、さっと茹でて、酢味噌和えか、酢味噌マヨネーズでいただくと絶品だそうです。

日干しにして乾燥させた花蕾は金針菜(きんしんさい)と呼ばれ、中華の食材としても使われています。 

失恋をして、辛くてどうしようもない。この辛い恋を忘れさせてくれる魔法があったらいいのに…、と思った経験、誰しもが一度や二度、あるのではないでしょうか。

今まさに辛い恋に悩んでいる人は「恋忘れ草」を美味しくいただいて、次なる恋へ進みましょう。

雑草だけど、根強い人気を誇る花

こよりのようにねじれた姿から、「恋に乱れた心」にたとえられ、和歌に詠まれた花は「ねじばな」。ピンクの愛らしい花は多くの人に愛されています。

ねじばなは陸奥国信夫郡(むつのくにしのぶこおり)産の染めの一種「文字摺(もじずり)」模様に似ていることから、別名「忍文字摺(しのぶもじずり)」と呼ばれているんですよ。

「源氏物語」の主人公、光源氏の実在のモデルの一人ともいわれている源融が詠んだ和歌です。

「陸奥のしのぶもちずり誰ゆえに 乱れ染めにし我ならなくに」

この和歌が詠まれた背景には、悲恋の物語がありました。

東北の福島市が「信夫の里(しのぶのさと)」と呼ばれていた頃。都人であった源融と、里の長者の娘「虎女」が恋に落ちました。しかし、融は都へ帰らねばならぬ身。融が信夫の里から去っていったあと、虎女は融に会いたい一心で、毎日、麦の穂を文字摺石にこすり、文摺観音に百日の祈願をかけます。この石に、恋しい人の顔があらわれることを祈って。

そして、満願の百日目のこと。

石の面をこすると、そこに、恋い焦がれた人の面影が現れたのです。虎女は岩にすがって、泣きくずれました。その後、虎女は病の床につきました。

このことを知った融が、絹の織物に添えて一首の和歌を送ったのです。

それが、先ほどの和歌。

~ みちのくの「しのぶもじずり染め」の模様のように私の心は乱れてしまった。

愛しいあなたが私の心を染めてしまったのです ~

虎女はこの和歌を胸に抱き、静かに息を引き取りました。

福島市の「史跡 文知摺観音」には虎女が願をかけたとされる「文字摺石」が残されており、境内には源融の歌碑が立っています。

虎女の物語を知ると、まるで体をねじるようにして天に向かって咲く可憐な花が、辛い恋に心を乱されながら必死に生きる少女のように見えませんか?

「恋に乱れた心」にたとえられた、ねじばな。

「しのぶ」という地名も、「忍ぶ心」を連想させ、少しだけ切ない気持ちになりますね。

高嶺の花、日本のエーデルワイス

遠野の北方に高くそびえる早池峰山は、古くから山岳信仰の山として知られています。遠野びとにとって早池峰山は特別な山。早池峰山には「極楽浄土」があり、この世で命を終えたら、又一の滝を通って魂は早池峰山へ帰ると信じられてきたそうです。山頂と麓の集落には「清い水」「霊泉」の女神とされる瀬織津姫を祀る「早池峰神社」が鎮座しています。

さて、この時季、早池峰山を登る登山者の目を楽しませているのが「早池峰薄雪草(はやちねうすゆきそう)」。

「高貴な白」という名前を持つ、日本のエーデルワイスです。

皆さんは、エーデルワイスにまつわる伝説をご存知ですか?

天国から降りてきて、高い山に隠れ住んでいた天使のエーデルワイスが、山男たちに姿を見られ、憧れの的になってしまいました。それを知った神さまがエーデルワイスを天国に呼び戻しましたが、心だけ、岩場に咲く花となって残った、と伝えられているそうです。

早池峰山の象徴ともいうべき「早池峰薄雪草」は、まるで、うっすらと雪化粧をしたように見えることから「薄雪草」と名づけられました。一度見たら忘れることが出来ないほど、美しく、可憐な花は、天国から降りてきた天使・エーデルワイスの心。

日本のエーデルワイスは遠野郷の母神・瀬織津姫の心かも知れませんね。


いかがでしたか?

それぞれの場所で、ひっそりと咲く花々。

言葉を持たぬ花に心の耳を澄ませれば、聴こえてくる声があるかもしれません。

道端に咲く花一輪に目をとめる、花を見て地中の根っこを感じる。

そんな心こそが、人と人とのつながりを深めてくれる気がします。

福ふく

 

参考文献

ネイチャー・プロ編集室『花とみどりのことのは』
山下景子『二十四節気と七十二候の季節手帖』

三浦奈々依 のプロフィール

三浦奈々依

フリーアナウンサー・神社仏閣ライター・カラーセラピスト。

ラジオ番組にて20年以上にわたり、音楽番組を担当。

東日本大震災後、雑誌Kappoにて約7年にわたり「神様散歩」の連載を執筆。心の復興をテーマに、神社仏閣を取材。

全国の神社仏閣の歴史を紹介しながら、日本の文化、祈りの心を伝えている。

被災した神社仏閣再建の一助となる、四季の言の葉集「福を呼ぶ 四季みくじ」執筆。


http://ameblo.jp/otahukuhukuhuku/
アマゾン、全国の書店、世界遺産・京都東寺等で販売。


カラーセラピストとしても全国で活動中。
旅人のような暮らしの中で、さまざまな神社仏閣を訪ね、祈り、地元の人々と触れ合い、ワインを楽しむ。

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