2020.3.26
せりが主役の「花見鍋」~伊達家が愛したせり~『 四季に寄り添い、祈るように暮らす(連載第四十五回)』

3月26日~30日頃は『桜始開(さくらはじめてひらく)』。
3月14日、東京で観測史上最も早い桜の開花宣言がありました。今、桜の便りが続々と日本各地から届けられていますね。
桜には「夢見草」という異名があります。
夢も、桜の花も、儚く散っていく……という意味を込めて、そう呼ばれるようになったそうですが、桜の気持ちになって考えてみると、いっせいに花をほころばせるその日を夢見て「夢見草」、という方がしっくりくる気がします。
さて、桜の花がほころぶこの時季から4月下旬までは、春せりのシーズンズベスト。
春の七草でも筆頭に数えられるせり。かの伊達政宗公も「七種(ななくさ)を一葉によせて摘む根芹」という和歌を詠んでいます。
私が暮らす宮城県はせりの生産量全国1位。東北を中心に、皆さんが暮らす町の市場へせりを出荷しています。
今日は、聖徳太子の恋のご縁を結んだせり伝説。『名取せり本』から、美味しくせり鍋を食べるにあたっての儀式を。また、ご自宅で楽しめる絶品せり料理のレシピもご紹介。
今年は桜の花を部屋に飾って旬のせりをいただく、花見鍋はいかがでしょう?
今日の主役は「せり」です。
せりが結んだご縁
4人の妃の中で、最も聖徳太子の寵愛を受けたとされる膳部菩岐々美郎女(かしわでのほききみのいらつめ)は、「芹摘姫」と呼ばれていました。
ふたりの出会いは、聖徳太子が膳夫(かしわで)の地を通りかかった時のこと。
ひれ伏す人々の中でひとりだけ、目もくれずせりを摘む娘がいました。
理由を尋ねると、「母が病気のため、せりを摘んでいました。お許しください」と。
その孝行ぶり、娘の清らかな姿に心を打たれた太子は娘を妃として迎えたのです。
まさに、せりが結んだご縁。
芹摘姫は、晩年、病に伏せた太子のそばで過ごし、太子と共に埋葬されたそうです。
また、万葉集にはせりにまつわる恋の歌が収められています。
かにはの田居に 芹ぞ摘みける ~
立派な太刀をつけたまま、田んぼで蟹のように這いつくばって、私のためにせりを摘んで下さったのですね。
太刀をつけて、蟹のような姿で、恋する女性のために一生懸命せりを摘む男性を思い浮かべると、なんとも微笑ましい気持ちになりますね。
伊達家に愛されたせり
1月6日から10日の七十二候は「芹乃栄(せりすなわちさかう)」。
せりが盛んに生える時季とされます。
古より1月7日は無病息災の願いを込めて、せりをはじめとした春の七草を粥にして味わってきました。
「若菜色(わかないろ)」といえば、初春の若菜のような明るい黄緑色。春の七草にちなんだ色とされています。新鮮な野菜があまり採れない寒い時季。新春に萌え出た若菜色の芽をいただくことで、新しい生命力を取り入れようとしたのが、この七草の行事の始まりといわれています。
第4代藩主・伊達綱村公の書状には、「芹も前々より名取のハよろしくて候て」と、名取のせりの素晴らしさを伝える言葉が記されています。
政宗公は歌の中でせりのことを「根芹(ねぜり)」と詠んでいたことから、この地においてせりの根っこが重要だったことがうかがえます。
名取市のせりは、白い根っこが自慢。
清らかな地下水をたっぷり吸収した土にこそ、美味しい根っこが育つそうです。特に3月、4月のせりは冬の寒さで蓄えた根の甘みが抜群ですよ。
せり鍋を生んだ最年少のせり屋さん
名取市で生産されているせりは、「仙台せり」というブランド。東北を中心に、全国各地の市場へせりを出荷しています。
先日、私がパーソナリティをつとめる番組に、伝統ある名取のセリを受け継ぐ三浦隆弘さんにご出演いただきました。
お父様を早くに亡くされた三浦さんは、祖父様から農業の手ほどきを受け、20歳で就農。最年少のせり屋さんです。スタジオにいらしても、田んぼにいる時となんら変わらず自然体。ちょっと照れくさそうに笑う姿が印象的でした。
三浦さんは、今や仙台・宮城の冬の定番グルメとして全国的に知られる「せり鍋」の仕掛け人のお一人。「せりは、地域を知る教材。せりを食べる文化をつくりたい」と、せりの栽培の他、田んぼに子どもたちを招き入れる、食農教育を実践する田んぼのがっこうの先生です。
こちらが、名取市の下余田(しもようでん)にある三浦さんの田んぼ。
農薬や化学肥料を一切使わずにせりを栽培していると伺い、「大変な手間がかかるのでは?」と質問した私に、「最初の5年間はせりが育たず、収穫が出来ませんでした」と苦笑。「でも、今では生態系が出来上がり、病気や害虫に強い、味と香りがしっかりしたセリを生産できるようになりました」と、笑顔に。
三浦さんの田んぼでは、準絶滅危惧種となっている希少な浮遊性のコケ植物「イチョウウキゴケ」もセリと一緒に水面で揺れています。
虫、野鳥と、色々な生き物がやってくる三浦さんの田んぼは、生き物たちにとってパラダイス。
自然が持つ生態系の力を引き出してつくられたせりは、以前のものと、根っこの味が全然違うそうです。東北の天地の恵みがぎゅっと詰まった三浦さんのせりが食べたくて、この時季、仙台へいらっしゃる方も大勢いらっしゃるんですよ。
調べてみたところ、宮城県以外でも、茨城県、大分県、秋田県、広島県などで、せりがつくられているそうです。
きっとその土地の水、土によって、育まれる味は違うのでしょう。
せりの語源は諸説あるようですが、一説には、「競り合って」生えることから、「せり」と呼ばれるようになったとも。
せりの競演。さまざまな場所に生えるせりを食べ比べてみるのも面白いかもしれません。
肉や魚じゃない!せりが主役の鍋
三浦さんのせりを使って絶品せり鍋を提供する老舗『味なかくれ処 いな穂』は、せり鍋発祥の名店です。
ミネラル成分のカリウムやビタミンC、食物繊維など、多くの栄養成分を含むせりをたっぷりと鍋に入れ、根っこまで美味しくいただくのが仙台せり鍋の特徴。
なかでも名取市のせりは「仙台せり」と呼ばれ、名取市の特産野菜として知られています。
初めてせり鍋をいただいた時の衝撃と感動は、今も忘れることが出来ません。根っこを食べるなんて想像もしていませんでしたが、たまらなく美味しい!
根っこから、いい出汁と香りが出るのです。また、せり特有の苦み、あの独特の香気もたまりません。山盛りのせりは飽きることなくパクパク食べられ、尚且つ、ヘルシー。罪悪感ゼロで満腹、心も体も元気になります。
さて、名取市生活経済部商工観光課「名取せり本」によると、せり鍋を食べる儀式なるものがありますので、ご紹介しましょう。
鴨肉に火が通ったら、せりの根を投入。ここで何とも言えない、いいお出汁が出ます。
次に、葉と茎を。入れた瞬間、鍋の中でせりが鮮やかな緑色に輝きます。
煮過ぎないことが肝要。
息を凝らし、絶妙なタイミングで食します。
以上(笑)
名取のせり鍋は、各地で開催される鍋まつりでも数々の表彰を受けています。
店によって出汁も、鶏がら、鰹節、昆布と、いろいろ。〆も雑炊、お蕎麦と、お店によって違いますから、自分好みのせり鍋を求め、食べ歩くのも楽しいですね。
今夜の夕食、せりにしませんか?
番組ご出演の翌々日、三浦さんからせりの贈り物が届きました。美味しいものはみんなで分かち合おうと、友人たちにお福分け。
せり鍋とせりのお浸し、せりご飯のおにぎりを作りました。
せりのお浸し
せりのおひたしは、えのきだけ、にんじん、せりを3センチ幅に切り、塩を加えた熱湯でサッと茹で、ざるにあげて冷まします。あとは、みりん、白だし、酒を入れて軽く混ぜるだけ。
せりご飯のおにぎり
塩を入れた湯でサッと茹で、水気を切ったせりを細かく刻み、塩をまぶします。削り節に醤油をたらして、おかかをつくり、ボウルに炊きあがったご飯と材料すべてをいれて混ぜ、にぎるだけ。せりの食感も感じられる美味しいおにぎり。お弁当にもおすすめです。
せり鍋
私が作るせり鍋は、せり、ゴボウ、ネギ、木綿豆腐、鶏のもも肉が入ったシンプルな鍋。
鍋に水1.2リットルを入れて火にかけ、沸騰したら鶏ガラスープの素大さじ1、酒とみりん各1/4カップ、醤油大さじ4を入れ、せり以外の材料を投入。
根っこの部分は10秒から15秒、葉っぱの部分はサッとだし汁をくぐらす感じでいただきます。〆はお蕎麦にしました。
あくまで、せりが主役の鍋ですが、鴨肉を入れることにより、つゆにコクが生まれ、せりの美味しさが一層引き立ちます。
お家では鶏肉を入れて、お店ではせりと鴨肉の鍋をいただく私ですが、せりと鴨の相性は抜群です。
地上において、鴨はせりの天敵。
鴨も、私たち人間と一緒。甘味とうま味がぎゅっと詰まったせりの根っこが大好物だそうで、せり農家の皆さんは防鳥ネットを張ったりと、鴨対策に色々とご苦労を。
以前、庄内の地産地消のイタリアン「アル・ケッチャーノ」の奥田政行シェフが三浦さんを訪ね、天敵同士のせりと鴨肉を使い、絶品の一皿をおつくりになりました。
名づけて、「セリの仕返しと、鴨の恩返し」。
せりと鴨は、鍋の中に入ると最高のパートナーに変身。
仙台のせり鍋を味わったことがないという皆さんは、セリの仕返しと鴨の恩返しが生み出す感動の美味しさを、是非一度味わってください。
いかがでしたか?
最後に、三浦さんからAGLA読者の皆さんへメッセージを。
私たちがいただく野菜は天地の恵みであり、その土地の風土や文化を知る教材。
そして何と言っても、美味しい野菜を届けたいと、こだわりの野菜づくりを続ける農家の皆さんあってこそですね。そのすべてに感謝して、ありがとうの思いで美味しくいただきましょう。
さぁ、今年の花見鍋はせりが主役のせり鍋で決まり!
三浦隆弘(みうらたかひろ)
1979年生まれ。宮城県名取市下余田地区でセリ、ミョウガタケなどの伝統野菜を栽培し、豊かな地域資源と寄り添う持続可能な農業を目指す。環境保全や有機農業、食育NPOの事業運営にも積極的に参画。地元小学校の総合学習の田んぼのがっこうで古代米も栽培。オープンファーム「なとり農と自然のがっこう」も開催している。
http://plaza.rakuten.co.jp/shimoyoden/
参考文献
山下景子『二十四節気と七十二候の季節手帖』
名取市生活経済部商工観光課『名取せり本』
三浦奈々依 のプロフィール

フリーアナウンサー・神社仏閣ライター・カラーセラピスト。
ラジオ番組にて20年以上にわたり、音楽番組を担当。
東日本大震災後、雑誌Kappoにて約7年にわたり「神様散歩」の連載を執筆。心の復興をテーマに、神社仏閣を取材。
全国の神社仏閣の歴史を紹介しながら、日本の文化、祈りの心を伝えている。
被災した神社仏閣再建の一助となる、四季の言の葉集「福を呼ぶ 四季みくじ」執筆。
→ http://ameblo.jp/otahukuhukuhuku/
アマゾン、全国の書店、世界遺産・京都東寺等で販売。
カラーセラピストとしても全国で活動中。
旅人のような暮らしの中で、さまざまな神社仏閣を訪ね、祈り、地元の人々と触れ合い、ワインを楽しむ。