2020.9.2
【平安貴族の愛した香り③】 〜菊花〜 『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第七回)』

9月になりましたが、まだまだ暑い日が続きますね。
9月9日は「重陽の節句」、別名「菊の節句」いうことで、菊にまつわるお話をしてまいります。9月9日は旧暦ですと2020年の場合、10月25日になります。
ここからは旧暦と思って読んでください。
菊の着せ綿
平安時代には、前日の9月8日に菊の花の上に真綿を一晩置いて、菊のエキスと露を吸わせたり、菊の香りを移し、その翌日の朝に湿った真綿を顔にあてて、若さと健康を保とうとする行事がありました。
これを「菊の着せ綿」といいます。
藤原道長の正妻である源倫子から源氏物語の著者である紫式部へ、菊の着せ綿が贈られた時に紫式部が詠んだ歌があります。
山本淳子先生による『紫式部日記』の現代語訳によると、
という意味だそうです。
菊の着せ綿は美容に効果的で、平安時代のオーガニックコスメとして使われていたのです。
当時、綿は大変高価なものなので、紫式部は身分不相応と遠慮したようで、先程の歌を詠んでお返ししようとしましたが、歌ができた時には、奥様はお帰りになり、歌は宙に浮いてしまったそうです。
なぜ、源倫子は菊の着せ綿を送ったのでしょうか?
この話には、興味深い2つの説があります。
ひとつは、紫式部は藤原道長の愛人だったのではという説です。
正妻である源倫子が道長と紫式部の仲を誤解して、嫌味(貴方、若くないんだから、この綿を使って顔でも拭きなさいという意味?)で贈ったという説があります。
もう一つは、この2人は遠縁にあたる間柄で、家もお互い、通りを隔てすぐ向かいだったので気心がしれていて、先程の言葉は軽い冗談で、純粋な贈り物だったという説もあります。どちらにしても憶測に過ぎませんよね。
話を本題のお香に戻しましょう。
今回は「菊花」と「落葉」の薫物について。
「菊花」「落葉」はどんな薫物?
平安時代の薫物に六種の薫物があります。
六種の薫物とは、平安時代に薫物として用いられた薫香の中で代表的な梅花、荷葉、菊花、落葉、侍従、黒方の6種類のことを指します。
菊花、落葉とはどのような薫物なのでしょうか?
平安時代に編纂されたお香のレシピ集である『薫集類抄』を見てみますと
と記載があり、菊の花の香りがモチーフの薫物だとわかります。
菊花と比べると抽象的ですが、晩秋の夕暮、時雨、紅葉が散る頃など心細い気持ちを表した薫物になります。
そして「薫集類抄」には、菊花、落葉の両方ともただ一種のみ調合が記載されています。そして驚くことに「菊花」「落葉」ともに全く同じ調合なのです。
その調合は
丁子2両
甲香1両2分
薫陸香1分
麝香2分
甘松1分
と記載されてます。
なぜ同じ調合なのでしょうか?
菊花については説明の文章があります。
清愼公(藤原実頼)が言うには、菊花の調合は長寿の香りですよ。これを聞き、これを薫る人は老いを忘れ、ますます寿が増します。実頼は、枇杷左大臣(藤原仲平)からこれを習い伝えられました。亭子院(宇多上皇)の前栽合わせでは、左方に菊花、右方に落葉を用いたと云われます。実頼は、この調合を好んで常に用いましたが、定められた調合よりも麝香を1分を加えて用いたようです。菊花の盛りの時、その香りが一番いい時に、菊花の花を折って傍に置いたり、香料として調合したりしました。
ある人がいうには、枯れて乾燥した菊花を1両加えるといいます。瓶を密封したものを水辺の菊花の下に埋めて熟成させ14日経過して取り出します。もし急ぐ場合はこの方法を用いなくてもよいとあります。
前栽合は庭の樹木や花を題材に歌を詠み、優劣を競うものです。合わせは左方、右方に分かれて競いますので、全く同じ調合の菊花と落葉ですが、広島大学の田中圭子先生の著書「薫集類抄の研究」の中にこのような記載があります。
「菊花方と落葉方は、一対の品として伝来した可能性があり、落葉方に対する菊花方の特徴づけとして、実際の菊花の香りに似せる工夫が様々に施されたものと想像される」と述べておられます。
源氏物語ではどう扱われていたのか?
六種の薫物の中で、「梅花」「荷葉」「侍従」「黒方」の4種は源氏物語の中で見事に使い分けられていますが、「菊花」「落葉」については何も書かれていません。私が思いますに、この2種の薫物は先の4種に対して、マイナーな存在だったのではないかと思います。
もし、平安時代の宮廷において広く使われている薫物でしたら、紫式部は源氏物語の中で必ず書いていたと思います。
また源氏物語の中で、柏木の未亡人で、後に夕霧の妻となる落葉宮が登場します。この方は朱雀帝の第二皇女なのですが、落葉が広く使われているなら、この落葉宮の登場シーンで使っていたのではないでしょうか?
菊花を香料として使ってみましょう
菊の花を香料として温めると、甘くて優しい香りがします。
白檀と合わせると、白檀と菊花の香りがとてもマッチして優しい香りに包まれます。
わたしも、先程の『薫集類抄』の菊花のレシピで作ってみました。酸味と辛味の強い沈香を使いましたところ、酸味、辛味の中に菊花の甘い香りがほのかに感じられ、とても上品な香りに仕上がりました。薫物の香りに馴染みがない方でも喜んで頂けると思います。秋を感じさせるルームフレグランスとして最適です。
ぜひ、菊花の薫物を試してみてください。
私どもの教室でも作ることができますので、ご興味のある方はぜひご連絡ください。
次回は六種の薫物の「侍従」についてお話をしていきます。
私どものホームページもよければご覧ください。
多田博之・晴美 のプロフィール

【多田博之】
FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師
宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。
現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。
平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。
また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。
【多田晴美】
FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司
アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。
ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。
日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。
趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。
ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/