【平安貴族の愛した香り⑤】〜黒方〜『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第十一回)』

2021.1.11

  • twittertwitter
  • facebookfacebook
  • lineline

多田博之・晴美 ( 香司 )

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰。夫妻ともに薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司。福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。

平安時代に創作された薫物(たきもの)の中で、特に優れたものは受け継がれ洗練されていきます。

その代表的なものに「六種(むくさ)の薫物」があります。このコラムで何回もご紹介していますので、ご存知の方も多いかと存じます。

六種の薫物には「梅花ばいか)」「荷葉かよう)」「菊花きくか)」「落葉らくよう・おちば)」「侍従じじゅう)」「黒方くろぼう・くろほう)」があります。

NHK大河ドラマ『麒麟がくる』〜「比叡山に棲む魔物(令和21122日放送)」で、薫物がでてくるが場面ありました。

明智光秀が比叡山天台座主覚如(ひえいざんてんだいざすかくじょ)に会うシーンです。

覚如は薫物を*炷(た)いていて、側にいる女性に「この香を当ててみよ」といいます。すると女性は「黒方」と答えます。

覚如は「間違うたな。侍従じゃ」と言うシーンがありました。

お香に関わっている人達にとって、このように薫物の出てくるシーンがさりげなくあると嬉しくなってきます。

今回は「黒方」についてお話していきます。

 

「焚く」・・・一定の広さの空間に香りを漂わせる目的の場合
「炷く」・・・「聞香」のように香木の繊細な香りを聞き分けて、味わう目的の場合

*「香りを聞く」とは「香りに心を傾けて対話し、理解すること」を意味します。

 

 

黒方とは?

印香

黒方とはどのような薫物なのでしょう

室町時代に書かれた『むくさのたね』には次のような記載があります。

玄の玄といふ心にて名づけたるをくろほうとかながきに書けるを後の人あやまりて黒方とかくといへり

「玄」は「玄人(くろうと)」の意味で、プロフェッショナルということになります。「方」は調合のことです。

最初、プロの調合という意味で「玄方(くろほう)」と名付けられたのですが、仮名書きで「くろほう」と書いていたのを後の人が誤って、黒方と書いたと言われてます。

黒方はプロの調合なので、それだけ格式が高いといえます。その調合はずっと受け継がれました。

それがわかる事例があります。

明治天皇の即位の時に、紅葉の型に金箔を散らした黒方の印香(いんこう)が炷かれたそうです。

ここで印香という言葉が出てきましたね。薫物と印香は温めて使うお香なので調合も同じように行います。

両者の違いは、練香が蜜を使って固めるのに対し、印香はふのりを用いて固め、型抜きをします。型抜きしたものであれば、火を付けて燃やすお香も「印香」といって販売している香舗がありますが、印香は基本的に温めて使うものです。

六種の薫物は、春は梅花、夏は荷葉というように、使う季節が決められています。黒方は基本的には冬の香なのですが、四季にわたって使うことが許されていて、フォーマルな場面で使うお香だったのです。

明治天皇の即位の時に、黒方が使われたことは納得がいきますね。

 

源氏物語での黒方

源氏物語』では「賢木(さかき)」と「梅枝(うめがえ)」2つの帖ででてきますが、特に「賢木」では印象的な場面で黒方は使われています。

源氏の父である桐壺院が崩御され、権勢が敵対する右大臣側に移ったことにより、源氏や藤壺の立場は悪くなる一方です。

藤壺は源氏の義理の母ですが、2人の間には子供(後の冷泉帝)がいます。当然、このことは秘密にしなくてはなりませんが、源氏は藤壺に迫ってきます。これが世間に知れると、息子の春宮(=皇太子)という立場も危うくなります。藤壺は我が子と源氏を守るために出家を決意します。

場面は12月10日過ぎ、大きな法要が催され藤壺は仏前において出家することを申し出るのでした。突然のことなので周囲は嘆き悲しみ、やめるように説得しますが、藤壺はその場で御髪をおろされたのでした。

周囲の騒ぎが収まった後、源氏は藤壺の御前に行くのですが、そのシーンが次のような文章で描かれています。

風はげしう吹きふぶきて、御簾(みす)のうちの匂ひ、いともの深き黒方にしみて、名香(みょうごう)の煙もほのかなり。大将の御匂ひさへかをりあひ、めでたく、極楽思ひやらるる夜のさまなり

風が激しく吹いている冬の夜です。しめやかな雰囲気のなか、御簾の内側では格調高い黒方がルームフレグランスとして炷かれています。そして黒方の香りとともに、名香の香りも感じられます。

ここでいう名香は、「めいこう」とは読んではいけません。

「めいこう」は有名で優れた香のことで、室町時代に銀閣寺で始まる「香道」にまつわる言葉になります。この場面では「みょうごう」と読みます。

「みょうごう」とは、お焼香のことで、このシーンでは*沈香(じんこう)だけを焚いているのではないかと思われます。

この2つの素晴らしい香りのなかに、さらに源氏の衣にたきしめられた匂いがかおりあい、その素晴らしさは極楽浄土を思わせます。

源氏にとって恋の終焉を意味するこの場面を「黒方」「名香」「源氏の衣香(えこう)」の3つの香りが重なって、より素晴らしい香りを演出しています。

※沈香とは、お香の中で最も重要な香料。長い年月を経て樹脂が蓄積し、水に沈むことから「沈水香」「沈水」「沈香」という。香を用いた芸道である香道も沈香を用いる。現在は水に沈まないものも沈香という。

黒方の薫物を使ってみましょう

巷でも黒方の薫物は販売されていますが、もし明治天皇の即位の時の香りを試したいなら、お勧めの商品があります。

鳩居堂さんで販売されている「黒方」です。鳩居堂さんの黒方は2種あるのですが、高い値段の方(12,100円)の方を選んでください。8g程度の練香が陶器の香合(こうごう)に入っていて、さらに桐箱におさめられています。

この黒方は麝香(じゃこう)が使ってあり、炷くと麝香の香りが強く感じられますが、その後に沈香や丁子の香りがついてくる感じです。

麝香の香りが強くても全く嫌味がありません。それどころかとても上品でしっとりと深い香りです。

ご興味のある方は、ぜひお試しください。私どもの教室でも、黒方の練香、印香を作る体験講座も可能です。宜しければお越しください。

お問い合わせなどは、ホームページからどうぞ。

https://www.fouatons.org/

 

多田博之・晴美 のプロフィール

多田博之・晴美

【多田博之】

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師

宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。

現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。

平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。

また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。

【多田晴美】

FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司

アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。

ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。

日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。

趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。


ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/


おすすめ関連記事