【平安貴族の愛した香り⑥】〜梅花〜『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第十二回)』

2021.2.3

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多田博之・晴美 ( 香司 )

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰。夫妻ともに薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司。福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。

今回のテーマは「梅の花の香り」です。

梅はどこから伝わったかご存知ですか?

古くは花の代表格として多くの和歌に詠まれており、花といえば梅を指すほど日本の文化風習に溶け込んでいました。

日本古来のものと考えてしまいますが、実は中国から約1,500年前に「烏梅(うばい)」を作るために伝わったといわれています。

「烏梅」とは

烏梅とは、青梅を燻製にした生薬です。

梅の実をかごに入れ、かまどの煙で燻し、乾燥させて作ります。色が黒くカラスのように黒いことから「烏梅」と名付けられたそうです。

烏梅は湯呑みに入れてお湯やお茶を注ぎ、飲むと発汗を促して熱を下げる効果があり、健胃整腸にも用いられました。烏梅はクエン酸が豊富なことから生薬だけでなく、紅花(べにばな)染めの媒染剤(繊維に色を定着させる)としても使われていました。

 

菅原道真と梅の花

皆さんご存知の菅原道真(すがわらのみちざね)は平安時代初期に活躍した人物です。

学者の家柄として知られ宇多天皇、醍醐天皇から信任を得て、右大臣まで昇進します。ただ異例の出世を遂げたため、当時権勢を誇った藤原氏の長である藤原時平(ふじわらのときひら)の陰謀により福岡の太宰府に左遷されてしまいます。

都から遠く離れ、劣悪な環境の中で失意のまま命を終えた道真はその後、怨霊となって都に帰ってきたと人々から恐れられましたが、のち平安京を守る神、天神様として祀られ信仰の対象となりました。

この道真が詠んだ有名な和歌が知られています

東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春をわするな

道真は都を追われ太宰府へと旅立つ時、庭先の梅の木に語りかけ、深い未練と断腸の思いを残しています。

暖かい春の風が東から吹く頃には、たとえ主人がいなくとも春を忘れることなく花を咲かせ、そしてその香りを私のいる西国まで届けて欲しいとの願いが込められています。

当時、梅は貴族社会の特別な庭にしかなく、春の到来を一番に教えてくれるものでした。

太宰府天満宮にある有名な『飛梅』をご存知でしょうか?

飛梅は道真の庭にあった梅だといわれてます。梅は都への思いにかられる道真の思いをくみ、はるばる飛んできたのだと••••

道真が最後に詠んだ漢詩にも梅の花がでてきます。

太宰府に満ちる淡雪は白い梅の花に見える 日の光の中揺れる年の始めの梅の花 カラスの頭の雪は都の我が家に帰れる印かと思う

太宰府に流された2年後、59才で亡くなるのでした。

梅の花の香りは平安貴族の心をしっかり掴んでいたことがよくわかります。

 

源氏物語と梅花香

平安貴族は梅の花の香りの薫物(たきもの)を使っていました。それは(※1)六種(むくさ)の薫物の中の「梅花(ばいか)」です。梅花は源氏物語の梅枝(うめがえ)の帖の中にでてきます。

源氏はたった1人の娘である明石(あかし)の姫君を(※2)東宮(とうぐう)のもとに(※3)入内(じゅだい)させようとします。

その際、姫君に持参させる薫物を源氏の女君たちに依頼するのです。そして源氏は弟の蛍兵部卿宮(ほたるひょうぶきょうのみや)に薫物の判定を依頼します。宮は源氏の奥方である紫上(むらさきのうえ)の調合した梅花をこのように評しました。

はなやかに今めかしう、すこしはやき心しらひを添へて、めづらしき薫り加はれり「このころの風にたぐへむには、さらにこれにまさる匂ひあらじ」とめでたまふ

(訳)華やかで現代風で、心もち匂いに鋭い工夫があって、今までにない香りが加わっている。今頃の春風にかおらせるにはこの梅花香(梅花の薫物)にまさる薫りはありませんとお褒めになりました。

また梅花香をつくる際に、平安貴族は梅に対するこだわりがありました。

まず一つ、薫物には必ず炭の粉を用います。これは熱の伝導をよくするためや、カビが生えないようにするのにに使うのですが、この炭の原料に梅の木を使っている場合があります。どんな木を原料にしても香りには影響はありません。

次に、当時薫物は出来上がると壺に入れしっかり封をして土中に埋めていました。これは熟成させるためですが、その際、梅の木の下に埋めると書かれた文献が見受けられます。

三つめは源氏物語の文章中で、蛍兵部卿宮が「はやひ心しらひ」=「鋭い感覚の工夫」と感じる何かしらの創意工夫を、紫上はしているんですね。

はっきりとは分かりませんが、古典の文献には梅の蘂(しべ)を乾かして梅花香に入れる調合の記録もありますので、そのような知恵を絞っていたのかもしれません。

※1:六種の薫物とは平安時代に創作された薫物の中で特に優れたものは受け継がれ洗練されていきます。その代表が六種の薫物。

※2:東宮とは皇太子のこと。

※3:入内とは皇后になる方が儀礼を整えて正式に天皇の住む御殿に入ること。

梅花の薫物を使ってみましょう

梅の時季は、ぜひ梅の花の香りを楽しんでみてください。

特に開花直後が最高にフレッシュな香りを放つそうです。また白梅と紅梅では香りが違いますので、注意して香りを嗅いでみてください。

また、梅の実と梅の花は違う香りです。

お香屋でよく見かける薫物に「梅ヶ香(うめがか)」というものがあります。梅ヶ香は「梅の実の香り」です。梅花は言葉の通り「梅の花の香り」ですので間違えないようにしてください。

平安時代に「梅花」の練香は春しか使えない決まりがありました。現代はそこまでこだわる必要はないと思います。ただ梅の花の色と香りを楽しみながら、梅花の薫物を室内で(※4)炷くというのは、平安貴族のようで贅沢な楽しみかもしれません。

薫物はルームフレグランスとして使いますので、梅の季節におすすめしたいお香です。

※4:炷くとは燃やすのではなく、温める時のように間接的に熱を与えて香りを味わう場合に使います。

私どもの教室では季節に応じて薫物を作ることができます。

ご興味のある方はぜひいらしてください。

お香をしっかり学ぶ「香司養成講座」も開催しています。
ホームページは下記のリンクよりアクセスできます。

https://www.fouatons.org/

 

多田博之・晴美 のプロフィール

多田博之・晴美

【多田博之】

FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師

宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。

現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。

平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。

また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。

【多田晴美】

FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司

アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。

ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。

日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。

趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。


ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/


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