2021.2.26
二つの震災で感じた思いを胸に ~ シンガーソングライター・佐野碧(前編)『四季に寄り添い、祈るように暮らす (連載第七十二回)』

東日本大震災発生から、今年の3月11日で10年を迎えます。
津波で家を失った人、家族を失った人、縁もゆかりもない東北にボランティア活動に訪れた人、東北のために祈りを捧げた人、一人ひとりの震災、思いがあると思います。
私はこの東北に生まれ育ち、震災後、ボランティア活動や取材、ラジオ番組を通じて多くの皆さんとお会いし、お話を伺ってきました。そんな時間の中で、震災をきっかけにネパールで音楽活動を始めたあるひとりの日本人との出会いがありました。
シンガーソングライターの佐野碧さん。
心から尊敬する大切な友人でもあります。
彼女は2015年に起きたネパール大地震の後、チャリティ音楽フェスティバルをネパール各地で開催し、同時にソーラー・ランタンを届ける”HIKARI SONG GIFT”プロジェクトをスタート。歌を通じて日本とネパール、そしてアジアを繋ぐ活動を続けています。
その活動のきっかけとなったのが東日本大震災でした。
碧さんの歌声には悲しみを癒し、どんなに辛くても生きていこうと思わせてくれる、深い優しさがあります。
今日は、佐野碧さんが歌うあの日の思いを皆さんにお届けしながら、震災をきっかけに新たなチャレンジを始めた碧さんが今思うこと、心に描く夢をご紹介します。
大震災から生まれた言葉と音楽
皆さんは、「潮の匂いは。」という詩をご存知ですか?
僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。
引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朦気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。
「潮の匂いは。」より
当時高校生だった片平侑佳さんが震災の翌年、ご自身の思いを詩に綴り、Twitterで2万以上のリツイートをされ話題になりました。
母校である宮城学院女子大学元学長の山形孝夫先生から「これを読んでみて」と、碧さんに贈られた一編の詩。それが、「潮の匂いは。」でした。
読み終わった時、言葉の一つ一つ、その思いが心に突き刺さり、それだけでなく、何かとてつもなく大切なメッセージがあることを確信。
片平さんと碧さんのご縁が紡がれたのです。
震災から5年後のことでした。
電話で会話をしていると、片平さんは詩の印象とは違い、あどげなさを残す可愛らしい女性。でも当時の片平さんはまだ、精神的な不安定さを抱えていたといいます。
それでもなんとか前を向こうとしている片平さんの思いは、碧さんにしっかりと伝わりました。
何度もやりとりをするうち、片平さんの辛い経験に触れるのをどこか恐れ、気遣い、距離をとって話をしていた自分に気づいたという碧さん。
互いに正直な思いを言葉にするようになると、時にぶつかりながら、さまざまな感情を越えて、ただ寄り添いたいという思いで、この曲が完成しました。
まもなく、震災から10年。多くの皆さんに聞いて欲しい一曲です。
あの日感じた思い
2011年3月11日、東日本大震災発生。
碧さんはテレビのニュースで現実とは思えない故郷の光景を目にし、何かしなければ!という思いにかき立てられ、現地の方々の声を届けるインターネットラジオと募金活動をスタート。
当時の碧さんはあまりにもむごい状況を目にし、必要なものは音楽ではなく、水や食料である物資だと思い、「一体音楽って何なんだろう」と、心の中に大きな疑問を抱えたといいます。
一方で、震災以前はどこか避けてきた悲しみの感情、片平さんをはじめ多くの方々と出会い、その涙に触れる時間の中で、悲しみにこそ大切なメッセージがあると、新たな気持ちで音楽と向き合うように。
碧さんがネパールで活動を始めるきっかけとなったもの。
それは、東日本大震災で感じた様々な思いでした。
東日本大震災とネパールでの新たな挑戦
2015年、ネパールでも大地震が発生しました。
実は、碧さんのお母様は今から10年前にネパールに生活の拠点をうつし、家庭の経済状況などにより学校へ通うことができない子どもたちのため、必要な資金を提供する学資支援を行ってきました。
幼い頃は母親が不在という状況に孤独感を募らせ、「ネパールの子どもと私と、どっちが大切?」と、ストレートな思いをぶつけることもあったという碧さん。
東日本大震災の時に感じた思いを胸に、お母様が暮らすネパールのために自分ができることを精一杯やりたいと、日本で集めた寄付金を持って、地震発生からわずか2か月後にネパールへと旅立ちました。
お母さまと再会を果たすと、こんな状況で歌を歌うことは不謹慎なのではないかと迷いながらも、皆さんの心に光を届けたいという思いからネパールのストリートで歌い始めました。
すると、みんながテントから出て来て歌声に耳を傾け、碧さんは多くの笑顔を目にすることになったのです。
「この時間は、一方通行でない」
そう、碧さんが感じた瞬間でした。
そして、言葉を越えて、互いに感じ、歌い、踊り、笑い、共に歩んでいこう!という思いがふくらみ、太陽の光を利用したソーラー・ランタンと音楽を届ける”HIKARI SONG GIFT”を開始。
電力不足の問題を抱えてきたネパールで音楽イベントを開催し、述べ585個のソーラー・ランタンを支援してきました。その活動はまさに、ネパールの人々にとって「復興への希望の光」となっています。
後編では碧さんの曲をお届けしながら、ネパールで碧さんが感じた思い、未来に描く夢についてご紹介します。
三浦奈々依 のプロフィール

フリーアナウンサー・神社仏閣ライター・カラーセラピスト。
ラジオ番組にて20年以上にわたり、音楽番組を担当。
東日本大震災後、雑誌Kappoにて約7年にわたり「神様散歩」の連載を執筆。心の復興をテーマに、神社仏閣を取材。
全国の神社仏閣の歴史を紹介しながら、日本の文化、祈りの心を伝えている。
被災した神社仏閣再建の一助となる、四季の言の葉集「福を呼ぶ 四季みくじ」執筆。
→ http://ameblo.jp/otahukuhukuhuku/
アマゾン、全国の書店、世界遺産・京都東寺等で販売。
カラーセラピストとしても全国で活動中。
旅人のような暮らしの中で、さまざまな神社仏閣を訪ね、祈り、地元の人々と触れ合い、ワインを楽しむ。