2021.4.19
日本人の感性が育んだ香道の世界 ① 〜「沈香」〜『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第十四回)』

前回まで平安貴族の愛した香りとして(※1)薫物(たきもの)を中心にお話してきました。
平安時代の代表的文学である『源氏物語』からは、平安貴族の美意識や季節感、教養あふれる和歌が詠まれていたりと、当時の貴族達の暮らしぶりを垣間見ることができます。
そして貴族達の日常には薫物のふくよかな香りが漂っていたのです。時代は移り、貴族から武士の世の中になると、お香の使い方も様変わりします。
今回から鎌倉時代、室町時代のお香の使い方や沈香(じんこう)、香道のお話をメインにしていきます。
沈香とは
お香の講座でお聞きすると、白檀は知っているが沈香を知らない方がかなりいらっしゃいます。
沈香とは、水に沈む香木のことで、正式にいうと「沈水香木」になりますが、「沈香」「沈水香」「沈水」と一般的に呼ばれます。
では、なぜ水に沈むのでしょうか?
通常、木は水に浮きますが沈香には樹脂が含まれていて、多く含まれると比重が重くなるため、水に沈みます。最近は水に沈む良質な沈香は少なくなりました。昔は水に沈まないものを桟香(さんこう)と言っていましたが、現在は水に沈まないものも区別せずに沈香と呼びます。
沈香はどのようにしてできるのでしょうか?
沈香樹という木に何らかの侵襲(例えば虫に喰べられるとか、木の表面が傷つけられる)が加わると、自分を守るために樹脂を出すのです。
それを取り出したのが沈香になります。よって沈香樹から必ず沈香が取れるわけではありません。また、この沈香はベトナム、タイ、インドネシア、マレーシアなどの限られた地域でしか採取できません。
茶と香の十炷の寄合(じゅっちゅうのよりあい)
平安貴族は沈香に他の香原料を調合して使っていましたが、鎌倉時代になると、武士は沈香ただ一木のみを使うようになりました。これを沈一種(じんひとくさ)といいます。これが室町時代の香道の成立へと繋がります。
最近まで、NHK大河ドラマ『太平記』が再放送されていました。43話「足利家の内紛」の中で面白いシーンがありました。
舞台は南北朝時代(室町時代初期)です。
佐々木道誉(ささきどうよ)の館(やかた)で足利家の重臣である高師直(こうのもろなお)が茶を飲むシーンで始まります。
師直が茶を飲んだあと言いました「栂尾(とがのお)、本茶なり」。
道誉が「見事、10種みな当てられた」と言います。その後、師直は立ち上がり山積みになった賞品を得意満面に持ち帰るのです。
この場面、聞き茶が行われていたんです。
当時、お茶を飲んでどこの産地かを当てることが武士の間で流行っていて、賭け事の対象だったんです。これからの内容は大倉基佑(おおくらもとすけ)先生執筆の香りの文化史を参考に書かせて頂きます。
南北朝時代の書物に「茶と香の十炷(じゅっちゅう)の寄合が流行していた」との記述があります。
中国では、宋の時代に茶の味を比べて、本の茶、非の茶とか、水の選択や茶の入れ方などの優劣を競う競技がありまして、それが日本に渡来したのは鎌倉中期のことです。
お茶というと「宇治茶」というイメージですが、まだこの時代は山城国、栂尾のお茶が第一とされていましたので、本茶とされていました。
栂尾というと鳥獣人物戯画で有名な高山寺があります。私も高山寺を訪れたことがありますが、そこに「日本最古之茶園」と書かれた石碑がありました。お茶は僧の修行の妨げになる眠りを覚ます効果があるので、この高山寺に茶の木が植え育てられたそうです。
非茶というのは、その他各地のお茶のことで、ドラマのシーンでは茶を10服飲んで、師直が本茶と非茶を全て当てていたんです。
そして、香木の香りを当てるのも賭け事の対象だったんです。
この時代、中国との貿易によりわが国にも香りの優れた沈香が入ってきていて、武将たちが争って求めていました。平安時代の薫物は(※2)相伝として貴族の中で伝わる調合方法など技術が必要でしたので、武士たちは調合方法を知らないので沈香のみを焚いていました。
ただ香りの違いを聞いただけでは面白くないので賭けをして沈香の香りを当てたり、茶を飲むにも賭けをして遊んでいたそうです。これが十炷香(じゅっちゅうこう)へと発展していきます。
(十炷)十種の意
十炷香とは
十炷香は、香道の初期、室町時代時代からある最も古い形で、すべての(※3)組香の基礎であり、あらゆる組香はこの変化したものなので、先生からはまず十炷香をお稽古するように言われております。
十炷香について詳しく説明すると長くなりますので簡単に説明します。
試香(こころみこう)としてまず三種の香を聞き、香りを記憶します。次に本香(ほんこう)として、先程の試香で聞いた三種×3と無試(むし)×1の十種がランダムに回ってくるので、その香りを聞き当てる遊びです。
無試は先程の試香では出てきておらず、本香で初めて聞く香りになるので当てるのが難しくなります。全部当てるのは至難の技なんですよ。十炷香の前半は当てることに集中するのですが、いい香りばかりが回ってくるので、後半は香りに酔いしれて夢ごこちの気分で時がすぎてしまいます。
香木の香りは情景を想像させる
日常生活の中において、お線香は気軽に使われていますが、香木の香りはそうはいきません。
灰を温め、炭団(たどん)に火をおこし、灰形を整え、銀葉(ぎんよう)というガラス板の上で温められた香木の小片は、実にほのかしか香りません。
私どもの2月のお香講座で「白梅(しらうめ)」という銘のついた香木の香りを鑑賞しました。梅の花を思わせる甘くて華やかな香りは室内にいても梅花に包まれている感じです。
手にする香炉の温もりも程よく、いつまでもこの香りを聞いていたい気持ちになります。皆さんにもぜひ香木の香りを楽しんで頂きたいです。
実際のところ、香木の香りを鑑賞できる機会は少ないので、ご興味のある方は香舗のホームページなどで検索して参加されてみてはいかがでしょうか?
私どもは令和3年5月に大分の正雲寺(大分県由布市挾間)様と宮崎市の劔靈大權現(はやひだいごんげん)という修験道の神社様で聞香会を致します。ご興味のある方は、是非お問い合わせください。
私どものホームページでもご案内しておりますので、下記のリンクをご参照ください。
多田博之・晴美 のプロフィール

【多田博之】
FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師
宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。
現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。
平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。
また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。
【多田晴美】
FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司
アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。
ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。
日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。
趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。
ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/