2021.5.28
逢いたい人に逢えるまで...『香りと暮らし、和をたしなむ(連載第十五回)』

九州では、平年より20日ほど早い梅雨入りとなりました。
気温差、湿度の差を感じ寒かったり蒸し暑く感じたり、晴れ雨兼用の傘が便利なこの頃です。
新型コロナウイルスの感染対策として緊急事態宣言が発令され、私たちの生活様式もずいぶん変化せざるを得ない事態が続いています。
ですが、コロナ禍によって生じた「ない」「できない」をなんとかしようと、新たな動きや発見もあり、原始の時代から進化した人類の一編であることを目の当たりにしているのだと痛感いたします。
五感への欲求をリアルに感じて
某観光PRの記事の中に風景や食材、その食材がどうやって得られるか生産のようすなどをリアルに感じることができる動画が掲載されていました。
このような記事や動画を前から目にすることはありましたが、以前より「五感への意識」が強〜く訴えられているなあと感じます。よりリアルに伝えることが人々の欲求を満たす要素になるわけです。
自然を彩るようなワードも満載です。
テイスト(味)、ビュー(景観)、サウンド(自然の音 ひびき)、フレグランス(大地の香り・花)、ヒーリング(癒し)、今風な表現に「シズル感」などもありました。
確かに体験しているかのような、ワクワク感が感じられます。
大人だけでなく子供にとって五感の刺激は、成長過程でとても大切です。
学校など集団生活においても行事が中止されたりするなか、お家の室内ではお母さんと調理をしたり、お庭ではガーデニングやプチキャンプ体験で外の風にふれるなど、お家が様々な「場」になるような工夫もされていることでしょう。
五感を刺激して欲求を満たす活動を、各家庭のスタイルで見つけだそうと試行錯誤されていることでしょう。そのときは、片付けまでしっかりやって欲しいですね・・・(おっと、母親の不満の声が漏れてしまう)。
私は田舎で育ちましたから、下校時や学校の校庭で触れた植物のことなどは今頃になってとても懐かしい思いがしますし、ハーブの勉強にも役に立ちました。
色形・匂い、ときには音、手触り、味・・・些細なことですが五感のアンテナを立てていたのでしょう。
ヒトは集まることで文明、文化を育んできた
人は1人では存在することが出来ず、出会い、集まることで互いに力を発揮しています。五感を刺激し共感したり、信頼関係を築いたり、情報の交換をして新しいものを生み出し、発展してきました。
日本においては、「もてなす精神や芸術文化」は他国からも評価の高いものではないでしょうか。
室町時代の上流社会では、「花を活け、香を炷き、茶を点てて賓客をもてなす」が完成された社交のかたちであったようです。
のちに独立した「道」へ発達していく先が、私たちの知る「華道」「茶道」「香道」となるわけです。
「香」を芸術文化へと発展させたのは日本だけだといわれます。私どものテーマである「香」を芸道へと発展させたものが「香道」です。
「香木」を使って四季折々の花鳥風月、風景、伝統行事、和歌を表現する、このスタイルは「組香(くみこう)」といいます。
たとえば、絵画は形や色による表現、音楽は音やリズムによる表現、文学は言葉、香道は香木の香りで表現するということです。
「かさね」「きそい」「あわせ」
この3つのキーワードは平安時代の雅やかな文化を象徴するものです。
「かさね」の代表が十二単。
「重ね色目」と呼び、四季に応じたグラデーションが、日本的な感性として息づいています。
目にする機会は少ないですが、皇室の儀式では注目される装束ですね。
「きそい(競う)」「 あわせ(合わせる)」は、2つ、またはそれ以上の優劣をつける評価することを指します。
この時代ですと「歌合せ」「絵合せ」「貝合せ」、お香は「香合せ」です。
室町時代頃より、香木を用いて香りの優劣を決める遊びが行われるようになりました。
各自が香木を持ち寄り、2人ずつ左右に分かれて香を炷きます。参加者全員が香を聞いて香りだけでなく、香銘の優劣を判断しました。
香銘とは香木につけた雅銘(風流な呼び名のこと)のことで、和歌や物語などの文学から引用したものが多く、草花・色・形、故実伝来などにもとづくものもあります。形のなきものをいかに表すか、感性の豊かさが周囲への共感を呼ぶものかが問われるところとなります。
英国の作家ラドヤード・キップリング(Joseph Rudyard Kipling)は、「嗅覚は視覚や聴覚より人間の心の糸をかき立てる」といったそうです。
彼はイギリス領だったインドのボンベイ(現在のムンバイ)で生まれ、イギリス本国で育ちます。
東洋と西洋両方の文化が、彼の作品のベースになっています。
国によって食や建物や交通の手段、文化や風習も違うのですからより感覚的に感じるもの =「五感」に敏感だったのではと想像できます。
「あう」「あわせる」「あわせ」

「合わせる(あわせる)」・・・組み合わせ、ペア、コーディネート
「合せ(あわせ)」・・・競う、比べる、評価する
こうして並べてみると、2つ(2人)以上がないとどれも成り立ちません。
テクノロジーが進化した現代では、人と人とのコミュニケーションが不足すると思いきや、そのテクノロジーの恩恵によって、どんなに離れた場所にいる相手とでもオンラインで対話が可能です。
「合わせる」を基本とした活動は私たちの身近にたくさんあります。料理・クラフト・絵画などの創作作業もそうですね。また、私どもの手掛けている、調合、「香りのブレンド」、飾り結びもそうです。得意なことを探求したり、新しくチャレンジしたり「五感」を刺激する要素は多様です。
昔の暮らしには、物が少なくとも感性が豊かな習慣がたくさんあります。近年では文明の力に助けられながらも「自然回帰」という言葉もささやかれています。
近い将来、行動の制限もなくなり、会いたい人に逢えたとき、少しでも新しい「発見」や「探求」したことを披露し合う、「あわせ」の楽しみが待っていると思うと、今の時間は無駄にはならないと信じています。
多田博之・晴美 のプロフィール

【多田博之】
FOUATONS aroma&herb・お香school 主宰
薫物屋香楽認定教授香司
歯科医師
宮崎市にて21年間開業医として地域医療に携わる。偶然に出会ったお香の魅力に惹かれ、平日は診療、週末は東京にてお香の勉強を繰り返したのち、50歳の時に閉院しお香の活動に専念する。
現在、福岡と宮崎の教室を拠点に、NHK文化センターの講師として、九州各地と広島県にて天然香料にこだわったお香教室を開催。また香木の香りの素晴らしさや香道の魅力を伝えてたいと思い、御家流香道の研鑽を積んでいる。
平安期のお香の使われ方を勉強するなかで、紫式部の「源氏物語」に興味をもち、講座では、香道や源氏物語の視点も交えて伝える。
また、薫物屋香楽認定教授香司として、香の知識や技能をさらに深め、和の香り文化とお香づくりのスペシャリスト(香司)の育成に努めている。
【多田晴美】
FOUATONS aroma&herb・お香school
華結び組乃香 主宰
薫物屋香楽(たきものやからく)認定香司
アロマインストラクター、ハーバルセラピストを経て「香司(こうし)」として 香りの楽しみ方や使い方を紹介。
ハーブのもつフィトケミカル成分が、健康や美容など様々なジャンルで注目され、特にスパイス系ハーブは生薬との共通性があり、大陸から伝わったとされる「お香」の 香原料ともなっている。
日本の歴史や習慣に深く関わり、人々の心を癒してきた文化としての「香り」を「和」の心とともに普及する活動を福岡県や、宮崎県を基盤に全国で展開。
趣味と実益をかねて日本三芸道の一つ「香道(御家流)」や、室内を飾る「飾り結び」も研鑽中。 天然香料を使ったお香作りの講師として、メディアなどで香りの魅力と素晴らしさを発信している。
ホームページ→ https://www.fouatons.org/
Facebook→ https://www.facebook.com/miyazakifouatons/