生命の根源を象徴する女神「貝」『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第四十四回)』

2021.8.24

  • twittertwitter
  • facebookfacebook
  • lineline

久保多渓心 ( ライター・占術家 )

墨が織り成す一子相伝の占術 “篁霊祥命(こうれいしょうめい)” を主な鑑定手法とする占術家。他にも文筆家やイベント・オーガナイザーとしての顔も持つ。また引きこもり支援相談活動なども行なっている。

「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。

またの名を「使わしめ」ともいいます。

『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。

動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。

 

 

この『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』の文中に度々登場するキーワードの一つが「貝塚」です。鳥獣や魚など縄文人たちが日常的に食料とした残滓が残る貝塚は、古代の日本人の食と流通の文化を今に伝えてくれます。

貝塚のメインは、やはり「貝」。貝は食料としてだけでなく、耳飾り、首飾り、腕飾り、髪飾りなどの装飾品に使われました。

縄文の人々は、普段食料にする貝は近海で捕りましたが、装飾品に用いる大きく、稀少な貝は遠洋の島を廻って調達しました。

こうして苦労して手に入れた貝が持ち帰られ、原材料や製品として流通したルートを「貝の道」といいます。

 

アカガイとハマグリ

アカガイ

『古事記』には、神の化身である「アカガイ」と「ハマグリ」が登場します。

以前、この『神々の意思を伝える動物たち〜神使・眷属の世界』で神使のウサギをご紹介した回で、大穴牟遅神(のちの大国主神)の「因幡の白兎伝説」について触れました。

出雲国の大穴牟遅神(オオナムヂ)が、兄弟の神々と一緒に因幡国の八上比売(ヤカミヒメ)という美しい女性に会うための旅に出かけるというお話でした。

このオオナムヂの兄弟の神々たちを「八十神(ヤソガミ)」といいます。因幡国にたどり着き、八上比売に求婚をした八十神ですが、八上比売が結婚の相手に選んだのはオオナムヂでした。

これに嫉妬し、怒り狂った八十神は、オオナムヂを山奥に連れ出してこう言います。

「この山には赤い猪がいる。我々が山頂から追い下ろすから、お前は麓で待ち受けて捕まえてくれ」

オオナムヂはこれを快く引き受け、麓で待ち構えました。すると山頂から降りて来たのは、猪ではなく真っ赤に焼けた大石だったのです。

大穴牟遅は、この石に焼かれて死んでしまいます。

神産巣日之命(カミムスヒノミコト)の命を受けて、「𧏛貝比売(キサカヒヒメ)」と、「蛤貝比売(ウムガヒヒメ)」の二柱の神が遣わされます。

キサカヒヒメはアカガイ、ウムガヒヒメはハマグリの精霊です。

ハマグリ

キサカヒヒメは貝殻を割って粉末にし、ウムガヒヒメはその粉末をハマグリから出る乳汁に加えて薬を作りました。この薬を塗ることでオオナムヂは蘇生を果たします。

実際に、貝殻を粉末にして服用する漢方などの民間療法が存在します。また、ハマグリから出る汁が乳汁と表現されている点が注目に値する部分です。

これは、母乳によって赤子がみるみる健やかに成長するように、母乳や母親の愛情が人間にとっての生命力の源であることを表しているともいえるでしょう。

『"月参り"で人生は変化する!参拝の効果を感じられない時に覚えておきたいこと【服装編】』では、「白」という色が神道でことさら重要視されている一つの理由に、白が母乳、つまり「命の根源」を表していることを書きました。

また、アカガイは赤い血を流すことで知られ、神道でも赤は「血」を表していることから、オオナムヂはこの「赤」と「白」に象徴される「命の根源」が吹き込まれることで、蘇生出来たのだと考えることも出来ます。

アカガイ(「赤」「血」)と、ハマグリ(「白」「乳」)の色からも、その役割の違いが垣間見れますね。

日本最大級の縄文貝塚「加曾利貝塚」

縄文時代の貝塚から発掘されるアカガイは、殻を加工した腕輪が多いのだそうです。女性は豊穣のシンボルとしてアカガイの腕輪をし、男性の死者がつける場合はあの世へ無事にたどり着けるための通行手形、または復活のための呪具として使用されたようです。

一方のハマグリは、女性器と結びつけて見られていたようで、子宝・安産など「生命」のシンボルでした。

 

蜃気楼の語源となったハマグリ

蜃気楼

「蜃気楼」の蜃は、ハマグリのことを指しています。

古代中国では大ハマグリが海中で気を吐くと、それが楼閣が現れると信じられていました。このことから、こうした現象を蜃気楼と呼ぶようになったのです。

この中国の故事により生じた仏様もおられます。それが「蛤蜊観音(はまぐりかんのん、こうりかんのん)」です。

唐の第17代皇帝の文宗が、ハマグリを食べようとしましたが殻がなかなか開きません。業をにやし香を焚いて祈ると、観音様が現れたのだといいます。

これに感銘を受けた文宗帝は、同じ姿の観音像を各地の寺院に安置させたのだそうです。

貝の中にできる真珠が、観音様に見立てられたのではないかとする説もあるようです。

「蛤蜊観図」

 

【貝に所縁ある神社仏閣】
加賀神社(島根県松江市)
*祭神は𧏛貝比売
出雲大社摂社・神魂伊能知比売神神社/天前社(島根県出雲市)
*祭神は𧏛貝比売、蛤貝比売
岐佐神社(静岡県浜松市)
*祭神は𧏛貝比売、蛤貝比売
法吉神社(島根県松江市)
*祭神は蛤貝比売

 

参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『お寺のどうぶつ図鑑』今井浄圓(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『神使になった動物たち - 神使像図鑑』福田博通(著)新協出版社

久保多渓心 のプロフィール

久保多渓心

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。

バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。

音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。

引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。

現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。

月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。

『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。

2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。

おすすめ関連記事

2020 05/20

鳥居とは何か?④ 〜鳥居の分類と構造〜 【神明系鳥居・前編】

2021 12/18

【明晰夢で人生を豊かにする!⑪】明晰夢を見ている人と、覚醒している人とのコミュニケーションは可能か