2022.2.3
【節分特集:再掲】善と悪の顔をもつ異界からの使者「鬼」〜 後編 〜『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第二十八回)』

「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。
またの名を「使わしめ」ともいいます。
『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。
動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。
神使「鬼」
前回に引き続き、後編をお届けします。
青森の鬼神伝説

津軽富士といわれる霊峰岩木山
東北地方には数々の鬼神伝説が語り継がれています。
鬼神とは山の精霊であるとともに、荒ぶる神としての性質も併せ持つ存在です。
青森県弘前市にあるのは、その名もズバリ「鬼神社」。
その昔、弥十郎という農民が岩木山中の赤倉沢で鬼と出会い、親しくなりました。弥十郎と鬼はそれ以来、毎日のように力比べをしたり、相撲をとったりして遊んでいました。
この鬼は弥十郎とある約束を交わしていました。「自分のことを村の者に決して言わないように」と。
弥十郎は水田を耕して暮らしていましたが、開墾したばかりの水田はすぐに水が枯れてしまうので作物ができずに困り果てていました。
そんな弥十郎の困った姿を見ていた鬼は、何とか村人たちの役に立ちたいと一夜にして赤倉沢上流のカレイ沢から水路(堰)を村まで通し、水田に水を引いてくれたのです。
村人はこれを大変喜び、この水路を「鬼神堰」「さかさ堰」などと呼んで鬼に感謝しました。
しかし弥十郎の妻は、鬼が水路を引いている様子を見ていたのです。自分の姿を弥十郎以外に見られることを嫌った鬼は、水路を作る時に使っていた鍬とミノ笠を置いて去り、2度と弥十郎のもとに現れることはありませんでした。
弥十郎は鬼との約束を果たせなかったことを悔やみ、この鍬とミノ笠を祀ったのが鬼神社の始まりです。地名もそれまでの「長根派(ながねはだち)」から「鬼沢」に変わりました。
この心優しい鬼を祀った「鬼神社」の鳥居の扁額の「鬼」の文字には「ノ(つの)」がありません。善良な鬼に、角は必要ないということなのでしょう。
鬼鎮神社

鬼鎮神社(埼玉県比企郡)

鬼鎮神社の絵馬
鬼を祀る神社は、全国に見られます。
埼玉県比企郡の「鬼鎮神社」は、地元の住民に「鬼鎮様(きぢんさま)」と呼ばれ親しまれています。
この地には、こんな伝承が残されています。
昔、ある刀鍛冶のところに若者が弟子入りをしました。この若者はたいそうな働き者で腕も良く、親方も大変期待をする担い手となっていきます。
ある時、若者は親方の娘を嫁に欲しいと言ってきます。親方は、若者の娘に対する気持ちを確かめるため「1日で刀を100本作ることができたら娘を嫁にやろう」と提案をするのです。
それに応じた若者は、さっそく凄まじい形相で一心不乱に刀を打ち始めます。するとそのあまりの気迫に若者の姿は、鬼に変わってしまうのです。物陰からこの光景を見ていた親方は驚き、既に夜が開けたと錯覚させるために鶏を啼かせました。
親方が作業場に入ると、そこには打ち終えた99本の刀と、槌を握ったまま息絶えた若者の姿があったのです。
それを哀れんだ親方は、若者を埋葬し、そこに「鬼鎮様」というお宮を建てて祀ったのでした。
鬼のミイラ

大乗院本堂横に安置された鬼のミイラ・筆者撮影
大分県宇佐市四日市という地区に「十宝山大乗院」という真言宗の寺院があります。
108段の長く急な階段を登った先にあるのが、本堂。この本堂の中に「鬼のミイラ」が安置されています。
こちらに初めて伺ったのは、今から30年ほど前。今では立派な装飾が施された厨子に納められていますが、以前は写真のように簡素な作りの厨子にお祀りされていました。
鬼のミイラは、膝を曲げて座ったかたちで安置されており、座った状態で1.4m、立てば2mはあろうかという大きさです。顔は異様に長く、逆三角形をしており、頭蓋の両端には角も見て取れます。

大乗院・本堂へと上がる怪談。

本堂に掲げられた売買契約書:筆者撮影
この鬼のミイラが大乗院へやって来たのは、昭和4年頃。
ある家に所蔵されていたミイラを大乗院の檀家のお一人が5500円で購入したのが、大正15年。しかし、この檀家の手元にミイラがやって来てからというもの、原因不明の病に冒され床に伏す日々が続きます。
これはきっと鬼の祟りに違いないと、檀家は大乗院へ寄贈して丁重に供養してもらうことにします。すると途端に病は消え失せてしまうのです。何でも大乗院の当時の住職は、この鬼を見るなり「幼い頃に山で出会った鬼に違いない」と言われたそうです。
鬼はきっと、大乗院に帰って来たかったのでしょう。それからは大切に祀られ、仏として檀家を見守っています。
この鬼のミイラは九州大学において学術調査も行われており、女性の人骨であること、一部に動物のものと思しき骨も混在していることが分かっています。
ご紹介している写真は30年前当時、管理者の方の許可を得て撮影したもの。現在は、常時自由に参拝が可能ですが、撮影は禁止とのこと。皆さんも1度、鬼のミイラに会いに行ってみませんか?
東霧島神社

東霧島神社(宮崎県都城市)
鬼が霧島の神に願をかけるため、一夜にして積んだ「鬼岩階段」。この石段を振り向かずに上りきると願いが叶うといわれています。
鳥居の横には、巨大な鬼の像が迎えてくれます。
そして長い石段を登った先には、社殿が。

東霧島神社(宮崎県都城市)
人を食う鬼に、人を献身的に愛する鬼。
鬼には「善と悪」の二面性があります。また、そこが魅力的でもあります。私たち人間も「善の心」と「悪の心」の両方をもち、その相反する心と日々向き合いながら懸命に生きています。
鬼という存在は、そんな私たち人間の写鏡のような存在なのかもしれません。
そう考えると、鬼の恐ろしげな形相の中に、人間味のある物悲しさを感じるのです。
【「鬼」所縁の神社仏閣】
鬼神社(青森県弘前市)
真山神社(秋田県男鹿市)
鬼鎮神社(埼玉県嵐山町)
八幡宮(青森県弘前市)
稲荷鬼王神社(東京都新宿区)
鬼神社(福岡県豊前市)
鬼神社(大分県大分市)
東霧島神社(宮崎県都城市)
酒呑童子神社(新潟県燕市)
十宝山大乗院(大分県宇佐市)
他
参考文献
『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』川野明正(著)メイツ出版
『災厄をはらい、生きる力を授ける来訪神 : 古代より日本各地に伝わる民俗伝承』(WEB)
『サントリー美術館・酒伝童子絵巻』(WEB)
久保多渓心 のプロフィール

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。
バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。
音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。
引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。
現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。
月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。
『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。
2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。