2020.8.22
人々の思いを神様のもとに届ける使者「馬」-『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第九回)』

神使「馬」
雨乞い
以前、『伏見稲荷大社 〜神々が行き交う神秘空間とお山巡り〜』と題するコラムの中で、神様の乗り物としての馬について少しだけ触れさせていただいたことがあります。
古代から馬は、神様だけではなく貴人の乗り物として神聖視されており、奈良時代頃から祈願のために生きた馬を奉納する習わしがありました。
平安時代中期に編纂された法律書である、『延喜式』巻3(特別な目的をもって行われる神社の祭祀の内容をまとめた巻)26条には「祈雨」、つまり雨乞いの祭祀についての記述があります。
神前に木綿や麻などの幣帛とともに、黒毛の馬を一頭奉納することが書かれており、同時に雨を止めたい時には白毛の馬を奉納するとの記載も見受けられます。
この生きた馬の奉納が、次第に土製の馬、木製の馬と変遷し、現在の「絵馬」に至ります。

貴船神社の絵馬
同じく『延喜式』の巻4:34条には、伊勢神宮に奉納された馬の扱いについて書かれています。
月次祭や神嘗祭などの神事において奉納された馬は、この中から2頭の良馬を選び、内宮と外宮の神域において飼育し、残りの馬は牧場に放牧することが決められていました。

貴布禰総本宮・貴船神社の神馬像(京都市左京区)
上記の『延喜式』原文にも、その名が記載されている「貴布禰総本宮・貴船神社」拝殿の脇には、2頭の神馬(しんめ)像があります。
「貴船神社」は "絵馬発祥の社" とされており、『延喜式』に書かれた雨乞いの祭祀が由来となっています。
本宮のご祭神である「高龗神(たかおかみのかみ)」は、「降雨・止雨」を司る龍神であるとされ、雲を呼び、雨を降らせ、陽を招き、降った雨を地中に蓄えさせて、それを少しずつ適量を湧き出させる働きを司る神であるともされます。
「水」は命の源です。私たち人間も、そして私たちが食す食べ物を育む田畑も、「水」は不可欠です。明日へ、明日へと命をつなぐために必要な「水」を確保することは、古代から私たち人間の大命題。
その「水」を得るために、神聖視した馬を神様に捧げた古の人々の思いとはいかばかりか。馬は、神様の「乗り物」というよりも、私たち人間の思いを、神様に届けるための「使者」の役割を担っていたのでしょう。
各社の神馬
京都の「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」では、毎年1月7日の午前10時「白馬奏覧神事」が執り行われます。
古来より行われていた、「白馬節会(あおうまのせちえ)」に倣って行われている神事です。年の初めに白馬を見ることで1年の邪気が祓われるとされ、かつては白馬をひいて天皇に対して奏覧が行われていました。現在は、神前に七草粥が供えられ、祝詞が奏上された後に、神馬をご祭神にご覧いただきます。この時、1年の安泰を願って、神馬には巫女により大豆が与えられます。

田代神社の御田祭(宮崎県東臼杵郡)
宮崎県東臼杵郡美郷町西郷の「田代神社」の「御田祭(おんださい)」は、豊作と無病息災を願って行われる古式に則った田植え祭りです。
牛が練り歩き、田慣らしをしたあと、神馬が泥のしぶきをはねながら宮田(祭り事に使う米を作る田のこと)を疾走します。この時の泥がかかると無病息災のご利益にあずかれるといいます。

多度大社の「錦山号」(三重県桑名市)
三重県桑名市の「多度大社」は多度山の麓に鎮座する「天津彦根命(あまつひこねのみこと)」をご祭神とする社です。
多度山には、1500年前から白馬が棲むといわれており、かつては山の上に人々の喜怒哀楽を静かに見守る白馬の姿が見られたといいます。
馬の行動は、神意の顕れとすることから、毎年5月4、5日の2日間、「上げ馬神事」といわれる境内の絶壁を人馬とともに駆け上がり、その年の豊作、凶作を占う行事が行われています。

宝登山神社(埼玉県秩父郡長瀞町)

諏訪大社(長崎県長崎市)
長崎平和記念像の作者として有名な、故北村西望氏(1884-1987年)は生前に神馬像を奉納しています。どちらの神馬も今にも駆け出しそうな、勇壮な姿です。
長崎諏訪大社の神馬像は、作者102歳の時の作品です。本来、こちらには古くから神馬像がありましたが、戦時下に出された金属類回収令によって国に供出されたため、長らく不在でした。
現在の神馬像は、昭和59年の日展に出展されたあと、昭和天皇御在位60年を記念して奉納されました。
宝登山神社の神馬像は、作者が第二次世界大戦時に長瀞の高徳寺に疎開していた所縁で奉納されたものです。
*文中の「御田祭」と「上げ馬神事」は、新型コロナウイルスの影響で、今年の開催は中止となっています。
【神社】
貴船神社
上賀茂神社
神田明神など
参考文献
『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』川野明正(著)メイツ出版
久保多渓心 のプロフィール

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。
バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。
音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。
引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。
現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。
月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。
『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。
2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。