武運を司る毘沙門天の使い「虎」-『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第十回)』

2020.8.25

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久保多渓心 ( ライター・占術家 )

墨が織り成す一子相伝の占術 “篁霊祥命(こうれいしょうめい)” を主な鑑定手法とする占術家。他にも文筆家やイベント・オーガナイザーとしての顔も持つ。また引きこもり支援相談活動なども行なっている。

神使「虎」

「虎」が日本人の心に定着するまで

神使としての「虎」を初めて知る方も多いかもしれません。

また、そもそも日本に「虎」が生息していたのかという疑問もありますね。

まず、「虎」と「日本」の関係性から、お話を始めましょう。

縄文時代よりはるか昔、地質時代の区分の一つである「更新世」といわれる時代(約258万年前から約1万年前)、日本はまだ中国大陸と地続きで、日本海は巨大な湖でした。

この頃の日本には虎が生息しており、当時の地層から、人骨と一緒に虎の化石が発掘されています。恐らく次の「沖積世」になって、大陸から日本列島が完全に分離したことにより、生息していた虎は絶滅したと思われます。

以降の日本には、中国に生息する虎のイメージが風聞として入ってくるようになります。

奈良時代に成立した日本最古の和歌集『万葉集』には、虎について謳われた歌が三句あります。

そのうちの一句は以下のようなものです。

虎に乗り 古屋(ふるや)を越えて 青淵(あをぶち)に
鮫龍(みづち)とり来(こ)む 剣大刀(つるぎたち)もが

境部王(さかいべのおおきみ)

(訳)
虎に乗って古屋を飛び越えて、青い水をたたえた淵に棲む龍を捕まえられる剣太刀があれば

万葉集 第十六巻三八三三番歌
当時の人々が虎を「勇猛さ」の象徴として、見ていることが分かります。
時代は変わり、平安時代になると、より具体的な虎のイメージが広まっていきます。
891年、宇多天皇(867-931年)が、当時の著名な宮廷画家であった巨勢金岡(こせのかなおか)に命じて、実際に虎を写生させたというのです。この虎はどこから連れて来られたのでしょうか。実際に生きた虎を写生したのでしょうか。
ここから、虎の絵が流行したといわれています。
室町時代に入ると、虎を描いた中国の水墨画が日本に数多く入ってくるようになり、雲を呼ぶ龍と、風を起こす虎を描いた「龍虎図」が、日本の絵師によって描かれるようになります。
「龍虎図」は、室町時代より編まれた禅語集『禅林句集』に書かれた「*龍吟ずれば雲起こり、虎嘯(うそぶ)けば風生ず」の禅語を図象化したものです。
*易経の「子曰、同聲相應。同氣相求。水流濕、火就燥。雲從龍、風從虎、聖人作而萬物覩。本乎天者親上、本乎地者親下。則各從其類也。(子曰く、同声相応じ、同気相求む。水は湿えるに流れ、火は燥けるに就く。雲は龍に従い、風は虎に従う。聖人作りて万物観る。天に本づく者は上に親しみ、地に本づく者は下に親しむ。すなわち各各その類に従うなり。)」に由来する。
龍がひとたび吟ずれば雲が起こり、虎が吠えれば風が吹き起こる。力量や才能を持った者が、機を得て動けば、自然さえもそれに呼応し、風雨を発生させるほどの成果をあげられるという意味をもち、また龍虎の阿吽の呼吸をも指しています。
このような意味合いから、戦国武将や禅僧らがとくにこの禅語を好みました。
牧谿(もっけい)や、雪村周継(せっそんしゅうけい)などの「龍虎図」は有名です。
江戸時代になると見世物として舶来の動物が、長崎を入口として渡来するようになります。象、ヒクイドリ、ラクダ、アザラシ、ロバ、豹などとともに、生きた虎も、この時日本にやって来ました。
これらの動物たちは、その珍しさもあってか、姿を見たり、触れたりすることで、ご利益を得られると宣伝されます。江戸時代には疱瘡などの伝染病が流行ったことから、子どもの疱瘡麻疹除けとして、家族連れで大変な賑わいだったそうです。一時は、浅草寺境内で豹が見世物として飼われていたこともありました。
しかし、1861年(文久元年)10月16日、オランダ人から買い取られた虎を使って見世物興行が開催されたことに端を発して幕府が評議を進めた結果、猛獣の見世物が全面的に禁止されてしまいます。
上の画像、狩野山楽作の「龍虎図」。左は豹柄ですが、豹ではありません。これは狩野派独自の様式であり、当時はメスの虎は豹柄をしていると信じられていたことによります。
江戸時代には、初めて足のない幽霊画を描いたことで有名な日本画の大家である円山応挙による「遊虎図(金刀比羅宮蔵)」、緻密な写実と、極彩色のカラーリングで近年評価と人気が高まっている伊藤若冲が描いた「虎図(個人蔵)」といった名作が生まれています。

毘沙門天と虎

信貴山 朝護孫子寺の張子の寅(奈良県生駒郡)

鞍馬寺の阿吽の虎像(京都市左京区)

毘沙門天は、仏教において持国天、増長天、広目天とともに四天王の一尊に数えられます。
奈良県生駒郡の「信貴山 朝護孫子寺」の由緒には毘沙門天と、虎の関係性が示されています。
今から1400余年前、聖徳太子は、物部守屋を討伐せんと河内稲村城へ向かう途中、この山に至りました。太子が戦勝の祈願をするや、天空遥かに毘沙門天王が出現され、必勝の秘法を授かりました。その日は奇しくも寅年、寅日、寅の刻でありました。太子はその御加護で勝利し、自ら天王の御尊像を刻み伽藍を創建、信ずべし貴ぶべき山『信貴山』と名付けました。以来、信貴山の毘沙門天王は寅に縁のある神として信仰されています。

信貴山真言宗 総本山 朝護孫子寺公式サイトより
また、京都の鞍馬寺の縁起にも、虎(寅)が登場します。
『鞍馬蓋寺縁起』によれば、奈良時代末期の宝亀元年(770) 奈良・唐招提寺の鑑真和上(688~763年)の高弟・鑑禎上人は、正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登山、鬼女に襲われたところを毘沙門天に助けられ、毘沙門天を祀る草庵を結びました。桓武天皇が長岡京から平安京に遷都してから2年後の延暦15年  (796) 造東寺長官、藤原伊勢人が観世音を奉安する一宇の建立を念願し、夢告と白馬の援けを得て登った鞍馬山には、鑑禎上人の草庵があって毘沙門天が安置されていました。そこで、「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という夢告が再びあったので、伽藍をととのえ、毘沙門天を奉安、 後に千手観音を造像して併せ祀りました。

総本山 鞍馬寺公式サイトより
こうした由緒、縁起にちなみ、虎は毘沙門天の使いとされるようになります。

大江神社の狛虎(大阪市天王寺区)

基本的に仏教寺院の境内に置かれている狛虎ですが、神仏習合時代の名残で神社の境内でも狛虎が見られることがあります。
大阪の大江神社の狛虎には、阪神タイガースファンがメガホンや、ぬいぐるみをお供えしています。

秩父神社の子宝・子育ての虎(埼玉県秩父市)

秩父神社の拝殿には、名工・左甚五郎作の「子宝・子育ての虎」の彫刻があります。秩父神社は1569年(永禄12年)の戦禍により焼失、1592年(天正20年)に徳川家康の尽力で再建されています。

左甚五郎は、家康の威厳とご祭神(八意思兼命・知知夫彦命・天之御中主神)を守護する神使として、虎を彫りました。

善國寺の狛虎(東京都新宿区神楽坂)

東京・神楽坂の善國寺には、東京大空襲の戦火を乗り越えた狛犬が今も残っています。ちゃんと虎の縞模様も見られますね。

多聞院毘沙門堂の狛虎

多聞院毘沙門堂の身代わり寅(埼玉県所沢市)

埼玉県所沢市の多聞院毘沙門堂には、たくさんの「身代わり寅」が納められています。毘沙門天の使いである寅に災いを託します。5月1日には「寅まつり」が開催され、12年に1度の寅年の「寅まつり」には、本尊である毘沙門天像が開帳されます。

 

 

 

参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』川野明正(著)メイツ出版

久保多渓心 のプロフィール

久保多渓心

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。

バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。

音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。

引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。

現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。

月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。

『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。

2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。

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