2021.1.15
人々を飢餓から救い、開運をもたらした「マグロ」『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第三十回)』

神使「マグロ」
縄文時代から食されたマグロ
お正月に食べることも多い縁起の良い魚として、タイやブリ、サケとともにお節料理などと一緒に食卓に上がることもある「マグロ」ですが、縁起物の高級魚という扱いをされるようになったのは、冷凍保存技術が進歩したこの数十年あまりのこと。
マグロの脂身であるトロは、特に腐敗しやすく、どんな魚でも好んで食べる猫でさえ避けて通ることから「猫またぎ」などとも呼ばれていて、江戸時代頃までは肥料として田畑に撒かれていたとか。
芸術家であり、美食家でもあった北大路魯山人はその著書『鮪を食う話』において、「マグロそのものが下手物であって、一流の食通を満足させるものではない」と評したほどです。
岩手県境に近く、広田湾を見下ろす小高い丘の上にある宮城県気仙沼市の「波怒棄館(はぬきだて)遺跡」からは縄文時代前期のものとみられるマグロの骨が出土しており、古代の人々がマグロ漁をして生活していたことがわかります。
また、内陸部にある山形県南陽市の北町遺跡からもマグロの骨が見つかっており、腐敗しやすいマグロを古代の人々がどうやって沿岸部から、内陸部に運んできたのか気になるところです。
マグロは不吉な下魚?
マグロは『古事記』や『万葉集』にも登場します。
『万葉集』には、二つのマグロに関する歌が詠まれています。
『万葉集・第六巻』山部赤人
『万葉集・第十九巻』大伴家持
漁火(いざりび)に集まったマグロを銛(もり)で突く漁法だったこと、マグロ漁では沖も岸も大変な賑わいであったことなどがわかります。
この頃、マグロは「シビ 」と呼ばれていました。漢字は現在のものと同じで「鮪」ですが、これを「シビ(滋寐)」と読んでいたのです。
江戸時代初期の随筆集である『慶長見聞記』には以下のような記述があります。
「シビ」は味も良くないうえに、その名前が「死日」と聞こえるから不吉である、というのです。当時のマグロは士族以上の者は食することのない、とても価格の安い食べ物だったのです。
鮪を、マグロと読むようになったのは江戸時代中期頃から。マグロの目が黒いことから「目黒」と呼ぶようになったなど、数多くの説があるようです。
この頃になると、庶民の間で醤油が出回るようになり、江戸前の寿司屋がマグロの切り身を醤油に漬けた「ヅケ」を握り寿司のネタとして使うようになります。
トロが注目を集めるようになったのは、昭和の半ばになってから。当時、築地でアルバイトをしていたお金のない学生たちが好んで食べていたところ、その旨さが次第に世間に知れ渡るようになっていきます。
高級食材のイメージがあるマグロに、こんな歴史があったとは驚きですね。
支毘大命神

ハートの入江
結婚にまつわるパワースポットとしても有名な、恋人の聖地「ハートの入江」があることで有名な、三重県度会郡南伊勢町奈屋浦地区。
この地には全国でも唯一の「支毘大命神」と呼ばれるマグロが神として祀られています。
慶応3年(1867年)、大政奉還が行われるなど幕末の混乱期にあったこの年は、社会不安とともに凶作にも見舞われ、奈屋浦地区の人々は生活が困窮し、餓死寸前にまで追いやられていました。
そんな時、奈屋浦の海岸に3000尾もの特大のマグロが押し寄せました。それを捕獲した漁師たちには莫大な利益がもたらされ、奈屋浦地区は困窮から脱することができたのです(明治13年にも、2000尾のマグロが現れて、再度村民が救われている)。
それ以来、人々はマグロを神として崇め、命を救ってもらったという感謝を込めて「大明神」という神号の「明」の字を「命」と変え「支毘大命神」として、篤く信仰して来たのです。
西宮神社のマグロ
「西宮のえべっさん」として親しまれている兵庫県西宮市の「西宮神社」。
毎年恒例の商売繁盛を願う「十日えびす」に先立って行われるのが「大鮪奉納」です。
神戸市東部水産物卸売協同組合など3社が、商売繁盛と大漁を願って大マグロ1尾と大ダイの雄雌各1尾を神前に奉納します。奉納される大マグロは例年3メートルを超える大物で、あまりの大きさに本殿にお供えできず、拝殿に置かれます。
奉納された大マグロは十日えびすの3日間、「招福大マグロ」として拝殿に飾られます。この間、参拝者がマグロにお賽銭を貼り付けます。お賽銭が落ちずに、うまく貼り付けば「お金が身に付く」といわれ、商売繁盛や金運の向上などの願掛けとなっています。
毎年、数万枚の貨幣が貼り付けられるとか。
【マグロに所縁ある神社仏閣】
西宮神社(兵庫県西宮市)
支毘大命神(三重県度会郡)
柳原蛭子神社(兵庫県神戸市)
照泉寺(三重県度会
参考文献
『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
久保多渓心 のプロフィール

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。
バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。
音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。
引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。
現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。
月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。
『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。
2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。