2021.2.5
再生・輪廻の象徴、水神の使い「カニ」『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第三十四回)』

神使「カニ」
カニの再生力
カニにはとても素晴らしい再生能力が備わっています。
時折、仲間同士で争った挙句、ハサミや脚を失ってしまうカニがいます。しかし、脱皮することで失ったハサミや脚は見事に再生されるのです。
また、天敵や仲間との争いで勝ち目がないと悟ったとき、ハサミで相手を挟んだあと、そのハサミを自ら切り落として、その隙に逃げたり、傷ついたハサミや脚を自ら切り落とすという「自切」という驚異の習性を持っています。
小型の石に幾何学的な紋様が彫られた「線刻礫(せんこくれき)」といわれる古代の護符(と思われる)には、カニを模したものもあり、福島県いわき市の薄磯貝塚などで出土しています。
これはカニの再生能力や生命力にあやかろうという思いが込められたもの、そして縄文時代特有の「死して自然に還り、新たな生を得る」という、生命の循環の象徴(シンボル)だったのかもしれません。
長野県の佐久、小県、諏訪地方では正月の6日から7日にかけて、大晦日のような年越しをもう一度行う風習があります。これを「六日年」「七日正月」あるいは「蟹年(かにどし)」といいます。
この日は、沢蟹を捕らえて来て、串に刺し、門の戸口に挟みます。次第に生きたカニを捕らえることはなくなりましたが、代わりに紙にカニの絵を描いたり、「蟹」という文字を書いて戸口に挟むようになりました(柳田國男の『年中行事覚書』記載)。
これは流行病などから一家を守るための魔除け、邪気祓いの意味合いをもった習俗なのです。一部では、これを節分に行う地方もあるのだとか。
カニの恩返し

蟹満寺(京都府木津川市)
平安時代初期に書かれた最古の説話集『日本霊異記』には、よく似た、2話(中巻第八縁、第十二縁)の「カニの恩返し」に関するお話が収められています。
舞台や登場人物が多少異なりますが、とてもよく似た2話です。
中巻第十二縁では、山城国紀伊郡の娘がある日、カエルを今にも飲み込もうとしているヘビに遭遇します。なんとかカエルを助けようと、ヘビに「わたしがあなたの妻になるので、カエルを助けてあげてほしい」と懇願し、約束するのです。
娘の願いを聞き届けたヘビは、カエルを解放します。娘は家路を急ぎ、ことの次第を父母に話します。これを心配した父母は、行基(奈良の大仏造立の責任者として知られる高名な僧)に相談します。
行基は娘の父母に、村人が食べようとして捕まえたカニを1匹買い取って禅師に祈願させた上で、放生するようにと伝え、娘はその通り実行します。
ある日、ヘビは約束通りに娘を妻として迎えるためにやって来ます。そこに放生し助けてやったカニが現れ、求婚を迫るヘビを退治したのです。
こうしたカニの報恩譚は、多様なバリエーションで全国に広まり、同様の話は『今昔物語』にも見られます。

蟹満寺(京都府木津川市)
京都府木津川市の「蟹満寺」は、このカニの報恩譚が縁起となっており、カニに助けられた娘を護ったのは、この蟹満寺の御本尊である観音菩薩であるといわれます。
縁起によると、この娘は観音信仰に篤く、美男子の人間に変身してやって来たヘビを3日間待たせて観音経を唱えると、たくさんのカニが現れてヘビをハサミで切り刻んだとあります。また、カニとヘビを埋葬した地にお堂を建てたのが、この蟹満寺の由緒であるとされます。
尾張多賀神社

尾張多賀神社(愛知県常滑市)
愛知県常滑市に鎮座する「尾張多賀神社」は「お多賀さん」の名で親しまれており、知る人ぞ知るパワースポットでもあります。
手水舎の足元に、絵馬に、社殿の装飾にと、境内のあちらこちらにカニの姿が見られます。これは正元山伏が、近江国多賀大社よりご祭神を勧請したときに、蟹がその背に乗っていたことが発端。この社ではカニが神様の使いとされています。
化けガニ伝説
カニは恩返しをしてくれる生き物として全国に様々な伝承が残されていますが、化けガニ(妖怪)としての一面も持ち合わせています。
山梨県の「長源寺」には、"蟹坊主"のお話が伝わります。
長源寺は無住の寺でした。それは新しい住職が住み着いても、次々と逃げ出したり、行方不明になるからです。村人からその話を聞いた諸国を行脚する法印という高僧が、その奇怪な実態を確かめようと一晩、泊まることにします。
法印は本堂の真ん中にどっしりと座って、何がこの寺で起こるのかを待っていました。すると、真夜中過ぎに大きな音とともに本堂が揺れ始めます。なんとそこには身の丈3メートルもある怪僧が現れたのです。その怪僧は法印に、このような禅問答を仕掛けます。
「両足八足、大脚二足、横行自在にして眼、天を差す時如何」
これに対し法印は・・・
「汝は蟹なり」
と即座に返します。
怪僧はそれを聞くと大きなカニの姿になって、そそくさと逃げ始めました。法印は手に持っていた独鈷(密教の法具)をカニの背に投げると、それは甲羅に突き刺さったのです。そのまま力尽きた大ガニの甲羅からは、不思議なことに千手観音が現れ、寺の本尊として祀られました。
寺の境内には、大ガニの爪痕が残る石が残されているほか、大ガニが逃げ出した坂を「蟹追い坂」と名付けられています。
大ガニを退治した法印は、救蟹法印とその名を改めて、この寺の住職になりました。
このような化けガニのお話は、石川県の永禅寺にも見られます。
【カニに所縁ある神社仏閣】
尾張多賀神社(愛知県常滑市)
金毘羅山鎮護大権現(長崎県諫早市)
渋田見諏訪神社(長野県北安曇郡)
蟹八幡宮(岡山県岡山市)
蟹満寺(京都府木津川市)
蟹王山智福院(宮城県名取市)
西福寺(京都市左京区)
永禅寺・蟹寺(石川県珠洲市)
蟹沢山長源寺(山梨県山梨市)
仙龍寺(愛媛県四国中央市)
善養寺(東京都世田谷区)
他
参考文献
『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『お寺のどうぶつ図鑑』今井浄圓(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
久保多渓心 のプロフィール

画家の父、歌人の母のもと、福岡市博多区で生まれる。
バンド活動を経て、DJ、オーガナイザーとしてアート系イベント、音楽イベントなどを多数手掛ける傍ら、フリーライターとしても活動。
音楽雑誌でのアーティスト・インタビュー記事、書籍、フリーペーパー、WEBなどの媒体で政治、社会問題から、サブカルチャー、オカルトまで幅広いジャンルでコラムを執筆。
引きこもり、不登校、心の病など自身の経験を活かし「ピアカウンセリング」を主軸にしたコミュニティを立ち上げる。後にひきこもり支援相談士として当事者やその家族のサポート、相談活動にあたる。
現在は亡き父から継承した一子相伝の墨を用いた特殊な占術『篁霊祥命』や、独自のリーディングによって鑑定活動を行っている。2021年で鑑定活動は16年目を迎える。
月参り、寺社への参拝による開運術の指導なども行う。
『AGLA(アグラ)』スーパーバイザーを務める。
2020年10月より活動名をマーク・ケイより、久保多渓心に改名。