2019.4.18
源氏物語に秘められた色『四季に寄り添い、祈るように暮らす(連載第二回)』

日本では1年を約15日おきに24の季節に分け、漢字2文字でそれぞれの季節を言い表しています。それが、「二十四節気」と呼ばれるもの。
新暦で4月20日頃、ちょうど今時季に降る雨は「百の穀物を潤す雨」という意味で、「穀雨(こくう)」と呼ばれています。
しとしとと降る春の雨は米や麦といった穀物はもちろんのこと、花や草木、人の心まで潤してくれるようでやさしいですね。
さて、私の連載「四季に寄り添い、祈るように暮らす」。
今回のテーマは、千年の時を超えて今に語り継がれる『源氏物語』です。
言葉、文化、暮らし、四季折々の自然描写。日本の美が随所に散りばめられた名作は世界最古であり、最高の恋愛小説と称されていることをご存知ですか?
『源氏物語』を知らずして、恋愛は語れない!
そう言わしめる物語には光源氏を愛する魅力的な女性たちが登場し、数々の恋愛ドラマが繰り広げられます。
そんな雅やかな王朝ロマンに秘められたもの。
それは、深い悲しみでした。
今回はカラーセラピストの観点から『源氏物語』を読み解いていきます。
源氏物語とは
まずは、『源氏物語』のあらすじをご紹介しましょう。
「いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり」
いつの頃であったか。身分の高い女御や更衣(平安時代の后妃の名前のひとつ)がお仕えしていらっしゃる中に、それほど高貴な身分ではない方で、天皇の御寵愛を一身に集めていた更衣がいました。
『源氏物語』は、こんな一節で始まります。
その女性こそが、光源氏の母・桐壺です。天皇と身分の低い母親との間に生まれた光源氏は、幼い頃から優秀で、「光輝くばかりの美しい子」と称えられました。ですが、その人生は波乱に満ちたものでした。
光源氏がわずか3歳の時に母親である桐壺が他界。母親の身分が低かったことから、光源氏は皇族を離れ、臣下としての人生を歩むことになります。その後、光源氏は、父親が妻に迎えた藤壺に亡き母の姿を重ね、恋心を抱くようになります。
禁断の恋にもがき苦しんだ光源氏は、当時わずか10歳だった藤壺の姪っ子、「紫の上」を見初め、成人した後、妻に迎えます。その他にも人妻、年上の未亡人と、心の赴くままに恋愛遍歴を重ねる光源氏。
紫の上亡きあとは、出家をして仏の道へ。
光源氏の最期は『源氏物語』には描かれていません。
源氏物語に秘められた色
光源氏にとって運命の中枢を担う三人の女性たち。
母、桐壺。亡き母に代わり、惜しみない愛情を注いでくれた義理の母・藤壺。光源氏が最も愛したとされる女性、紫の上。色彩心理を学び、改めて『源氏物語』を読み返し、浮かびあがってきた色がありました。それは、作者である紫式部自身はもちろんのこと、この三人の女性たちの名前から連想する「紫」です。
紫は「赤」と「青」を混ぜ合わせて生まれる色。官能的で情熱的な赤、自己抑制と冷静を象徴する青。一見穏やかに見えるその奥に赤と青のせめぎ合い、葛藤が見え隠れします。
紫を連想させる名を持つ女性たちの心の中ではまさに、相反する気持ちがせめぎ合っていたのではないでしょうか。
悲しみを乗り越える力を与えてくれる色
紫は、大切な人を失い苦しむ人が、悲しみを乗り越えていこうとする時に選ばれる色でもあります。
『源氏物語』の作者である紫式部は、人生の中で愛する人の死を何度も経験しました。
幼い頃に母親を失い、姉、親友、さらに夫までも、結婚してわずか三年で失ったのです。
紫式部が『源氏物語』を執筆したのは、夫の死がきっかけだったそうです。
『源氏物語』の主人公・光源氏も、紫式部同様、母、恋人、正妻である紫の上と、次々と大切な人を失っていきます。
紫の上を失った光源氏は空を行く雁を見て、「大空をゆく雁のように、死者の魂を空の果てまで追う神仙の道士よ、私の夢にさえ来てはくれぬ紫の上の魂の行方をたずねておくれ」という歌を詠み、一途に仏道に心を傾けていきました。
霊性への目覚め
仏教では、阿弥陀三尊が極楽から人々を迎えに来る時に乗ってくる雲を、紫としています。また、高位の僧がまとう袈裟の紫は高貴の象徴であり、霊性への目覚めをさします。
愛し愛されること、別れ、死を通じて、我が心と向き合い、もがきながら無常とも思える現実を受け入れていく光源氏と、彼を取り巻く女性たち。紫式部もまた、自らが生んだ登場人物と一緒に、現実を受け入れ、夫を失った悲しみを癒していたのでしょうか。
悲しみから生まれた最高の恋愛小説
紫式部は『源氏物語』によって、その才能が認められ、宮仕えをしながら全54帖からなる物語を完成させました。
『源氏物語』はひとりの女性が、愛する人を失った悲しみを文学へと昇華させた物語。
そう思うと、光源氏との恋に心乱されながら、それぞれの立場で懸命に生きた女性たちひとりひとりに、紫式部の強さを感じませんか?
また、光源氏という主人公の名前。
闇が深ければ深いほど、光はより一層その輝きを増します。
『源氏物語』の中で紫という色は、ある意味、光源氏を輝かせる「悲しみ」という闇の役割を果たしていたのかもしれません。
それにしても、愛に翻弄される人の姿は今も千年の昔も変わりがありませんね。
胸に深い悲しみを抱えながらも、強くなりたいと願う時はぜひ、紫の力をかりましょう。
『四季に寄り添い、祈るように暮らす』
次回は、心と体を健やかに整える「春の土用」についてご紹介します。
福ふく
参考文献
馬場あき子 『源氏物語』
三浦奈々依 のプロフィール

フリーアナウンサー・神社仏閣ライター・カラーセラピスト。
ラジオ番組にて20年以上にわたり、音楽番組を担当。
東日本大震災後、雑誌Kappoにて約7年にわたり「神様散歩」の連載を執筆。心の復興をテーマに、神社仏閣を取材。
全国の神社仏閣の歴史を紹介しながら、日本の文化、祈りの心を伝えている。
被災した神社仏閣再建の一助となる、四季の言の葉集「福を呼ぶ 四季みくじ」執筆。
→ http://ameblo.jp/otahukuhukuhuku/
アマゾン、全国の書店、世界遺産・京都東寺等で販売。
カラーセラピストとしても全国で活動中。
旅人のような暮らしの中で、さまざまな神社仏閣を訪ね、祈り、地元の人々と触れ合い、ワインを楽しむ。