ロックウォーターで心の自由を手に入れる『心を癒す花のエネルギー バッチフラワーレメディのある暮らし(連載第三十一回)』

2021.9.8

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京ヶ島弥生 ( フラワー&アロマセラピスト )

フラワー&アロマセラピスト。心身の健康のために、自分で自分のこころ、感情の状態に気づき、セルフヘルプでバランスを整えることができる「フラワーエッセンス/バッチフラワーレメディ」の活用を伝え続けている、海と空のブルーが大好きな自然療法家。

「・・・ねばならない」 

「・・・べきである」

窮屈すぎる、そんな言葉。

そんなつもりはないけれど、辛いときの自分に課してしまうと、さらにがんじがらめに。

もっと自由に、もっと緩やかになれたらいいのに。

 

厳しい道だからこそ、歩む意味がある?

道を極めるために、楽しみや遊びは一時でも排除すべきだ、という考え。

先ずは自分に厳しく、目指すところに向かっていかなければならない。

誰に見られても恥ずかしくない姿勢で進んで行きたい。

とは思うものの、ただ、自分がそこまでできてはいないと思うと、そんなだめな自分を否定したくなることもしばしば。だからこそ、自分を律して生きている人は尊敬を集めるのです。

尊敬、立派などの形容詞がつくこうした姿勢は、実は多くの人が「そうあるべき」と思っているから、何かを成し遂げたいと思う時、だれでも「そうせねばならない」と思いがちです。

でも、もし目指す目標が一つでも、そこに向かう方法はたくさんあって、もっと楽に無理なくそこに辿り着くことができる方法があったら、それを選びませんか?

目標に向かって、自分の自由や楽を捨てている時には、そんなことにも気が付かなくなってしまいます。

ちょっとした楽しみや息抜きさえ、「そんなことしている場合ではない」「それ自体楽しめない」「それが目標達成の意思を鈍らせる」などと思い始めたら、頑張りの危険信号なのかもしれません。


こだわりすぎ、考え過ぎが自分を縛る

自分の生き方に厳格で、ほんの小さな喜びや楽しみさえ、仕事の妨げとなると思ってしまう。そんなことに興じてはいけないという考えは、一見正しいように思えます。

それは、賢く、健康で、強く、行動的でありたいと望むと、そこに目標を定めたら、その達成のためには信じられることはなんでもしようとする姿勢でもあります。

そして、自分の考えに共感し、より向上したいと願っている人たちに対しては、自分がお手本にならなければと強く思うでしょう。

単に人生の高い目標に対してだけでなく、これは譲れないと思った社会的な規範には、例外などありえず、決して破らない。

これがいいと思った食事療法で厳格に自分の食を管理する。

やると決めたら、他に優先順位が上のように思えることがあっても予定は変えない。

ルーチンワークでもなんでも目標を設定して、それをクリアしないと気が済まない。

など、日々の暮らしのなかの「自分なりのルール」にこだわりを持つことは、よくあることです。

この自分に厳しい人は、自分を律するからには、他人に対しても何か制限をかけるのではなく、自分が頑張り続ける背中を見せることが大事だ、という価値観が働いています。

自分が良いと思うことを、周りの人にも、言葉でなく、行動で理解してほしい、という思いがあるからでしょう。

こうした姿勢に、何ら”間違った”ところはありません。

ただ一つ、そのために「自分が本来したいこと」「自分が一番求める自由」を放棄して、「しなければならないと思えること」だけに縛られてしまうので、大きな心の葛藤を呼ぶのです。

自分のルールに従うにしても、楽しく穏やかに歩んでいることと、そこににがんじがらめになって自分に無理を強いていることは、紙一重ですが、結果が大きく異なります。


完璧主義者の自己否定

バッチフラワーレメディで、唯一花ではなく、石清水から作られる「ロックウォーター」のタイプの人は、自分の生き方にとても厳格です。

またそのプロセスも結果も、完璧であることを目指すので、そのイメージ通りにできず目標に達しないと、自分の能力を疑い自己否定に陥ります。

周りから見たら、十分多くのことを成し遂げているように見えていますが、自分自身はそれに到達していないという思いが強く、自分の存在を卑下してしまうのです。そしてさらに意固地に頑張る。

ロックウォーターのネガティブな状態は、頑固になって柔軟な意見を取り入れることができないため、それにこだわって自分のやり方を変えることができず、結果的に自分が描いた目標に到達できないまま、時を過ごすこともあります。

そうなると、その頑固なまでの頑張りは、自分のためではなく、自分を見ている周りの人のためだけになっているのかもしれません。

にもかかわらず、周りの自分を手本にしてほしい人たちからは、この人は自分とは違う次元にいる人に見え、こうした真面目で四角四面な立派な人がそばにいると疲れる、とさえ感じさせてしまいます。

自分に厳しい人は、実は他人には優しく甘いので、そうすることを周りに強いたりはしていませんが、”自分に甘い”周りの人から見ると、そんな姿さえうっとおしく思えてしまうのでしょう。

 

水の低きに就くが如し

水は上から下へ進み、細いところは速く、広いところに出ると滔々とゆったりと流れます。

コップに入れても、その形に添って、様々な姿を見せることができます。

「水の低きに就(つ)くが如(ごと)し」とは孟子の言葉で、人が善なるのは、水が高いところから低いところへ流れるのと同じような、自然の摂理と同じであることが語られています。

バッチ博士は、人が感じるネガティブで悪と思われる感情の反対側には、輝くような美徳、善があり、私たちが自分の力でそれに気づくことができるようにバッチフラワーレメディを作りました。

1933年、バッチ博士は、現在のバッチセンターであるマウントバーノンに居を構えました。

その秋、近辺を散策していている時、かつては霊泉として目によいと言い伝えられながら、今では忘れ去られていた泉を見つけて、その水を太陽法でレメディ化しました。     

こうしたヒーリングウォーターは、教会や温泉場などの中や近くの、人が手を加えて大事にしているものではなく、田舎であれば、そこここに見つけることができるものです。

澄んだ空気の中、まっすぐに日の光を浴びた木々や野原が存在すれば、そこに流れている水は、すべて”癒しの水”であることは間違いありません。

バッチフラワーレメディは、大地に育まれた花を水に浮かべ、太陽の光や火の力でそのエネルギーを水に写し込みます。

レメディ作りでも、水の力が大きな役割を果たしています。

ロックウォーターは、高い理想と揺るぎない信念によって、その精神が硬直してしまったとき、本来の自由さと純粋性を取り戻させてくれる、優しいレメディです。

水は環境に添い、低い方に向かって流れ落ちますが、時に環境を逸脱するエネルギーさえ持ち合わせます。

目指すゴールへのハードルは高くても、水のように滑らかで自由な性質を取り戻したら、到達点はもっと近いところにあったことに気づくことでしょう。

バッチ博士の言葉

自分の生き方に大変厳格な人です。人生の喜びや楽しみは仕事の邪魔になるかもしれないと考え、それらを拒否している人のためのレメディです。

自分にとても厳しく、健康で強く活動的でありたいと思い、そのためになると信じることは何でもします。人が自分の考えに従い、それによって、その人が向上するようなお手本になりたいと考えます。

『トウェルブヒーラーとその他のレメディ』エドワード・バッチ(1936)
『バッチ博士の遺産』所収(2012)バッチホリスティック研究会・訳・刊

京ヶ島弥生 のプロフィール

京ヶ島弥生

心身の健康のために、自分で自分のこころ、感情の状態に気づき、セルフヘルプでバランスを整えることができる「フラワーエッセンス/バッチフラワーレメディ」の活用を伝え続けている、海と空のブルーが大好きな自然療法家。


東京は下町生まれ、1998年に鎌倉・七里ガ浜に移住。

2001年から、アロマセラピー、バッチフラワーレメディ、ハーブセラピー、ホリスティックヘルスなどの自然療法分野で、講座やイベントの開催、個人から企業までのコンサルテーション、商品の販売など、東京、横浜、鎌倉で場所・ジャンルを問わず活動。


東京でのハードなビジネスマン生活20年、大学教員15年、ワーキングマザー30年、介護施設での高齢者ケア、災害ボランティアなども経験。

こうしたバックグラウンドにより、子供から大人、ご高齢の方、男性女性問わず、どなたのご相談にもお応えできるプロフェッショナルなフラワー&アロマセラピスト。



○バッチ財団登録プラクティショナー・バッチ国際教育プログラム認定講師

○IFPA(国際プロフェッショナルアロマセラピスト連盟)認定アロマセラピスト

○日本ホリスティック医学協会認定生活習慣病予防指導士・ホリスティックヘルス塾インストラクター
○
有限会社フロスヴィータ 代表取締役


ホームページ→ http://www.flosvita.co.jp
Facebook→ https://www.facebook.com/flosvita/


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